数年後、経理部長の態度は一変した

 京セラを創業してから数年後に入社してもらった、ある経理部長がいました。彼は、歴史ある企業で豊かな業務経験を積んだ、ベテランの経理マンでした。彼が入社したての頃、私とよく意見が対立しました。ベテランの経理マンである彼は、私が社長であるからといって、容易に自分の信ずるところを譲ることがなかったからです。

 しかし私は、疑問に思ったことはどんな小さなことでも、彼に遠慮なく質問をぶつけました。「なぜ、この伝票を使うのか?」、「経営の立場からはこうなるはずだが、なぜ、会計ではそうならないのか?」など、根ほり葉ほり「なぜ」を繰り返したのです。

「京セラ会計学」を生んだ経理部長との激論本質的な疑問を投げかけ続けた(写真はイメージです)



 相手が「とにかく企業会計ではそういうことになっているのです」と音を上げても、「それでは回答にならない。経営者が知りたいことに答えられないような会計では意味がないではないか」と、納得がいくまで食い下がっていったのです。

 最初、彼は私のそのような質問に驚き、あきれていました。経理の専門家を自負する彼にとっては、考えられないような珍問の連続であったからだと思います。しかし、数年を経た頃から、突然彼の態度は一変し、私の意見に真摯に耳を傾けてくれるようになりました。

 私が経営者として、「経営はいかにあるべきか」という立場から、会計について発言していることを理解し、経理マンとして、これまで考えたことがなかった、まさに経営のための会計という考え方を進んで汲み取ろうとするようになったのです。後に彼に聞くと、私の言っていることは、「会計の本質を突いている」ことに気づいたといいます。

 その後、彼は経理部長として、日本での株式上場、アメリカでのADR(米国預託証券)発行などに携わり、京セラの成長発展の歩みの中で、会計システムをより精緻なものへと進化させてくれました。

 私もそのような京セラの成長発展の過程で遭遇した、さまざまな会計や税務の案件に対して、自分の経営哲学に基づいて真正面から取り組み、判断を重ねていきました。そして、具体的な経営事案を通じて、会計や財務のあり方、あるべき姿について、自分なりに得心できる考え方をもつに至りました。

 また、そのような考え方が「京セラ会計学」として、京セラ独自の経営管理システムである「アメーバ経営」とともに、京セラ社内に浸透し、京セラ成長の原動力の一つとなっていったのです。

『稲盛和夫経営講演選集 第6巻 企業経営の要諦』、「京セラ会計学」より抜粋