復習

初めて出会ったとき、東京大学の一角にある小さなラボに出雲充はいた。
彼は鮮やかな緑のネクタイを締めて「飢えに苦しむ人を助けたい」と言った。

大学1年の夏休みに訪れたバングラデシュで、栄養不足の子どもたちに出会った。
効率的に栄養素を摂取できる源を探していたとき、ミドリムシに出会った。

ヤクルト、味の素、キッコーマン。日本固有の発酵食文化をもとにしたバイオ技術は、日本が世界に誇るお家芸ともいえる。彼はそこにミドリムシで切り込むことを決めた。
銀行員の仕事のかたわら、日本中の研究者の話を聞いてまわり、しまいには銀行も辞めて研究に没頭した。そんな彼のもとに、成功例と失敗例が集約され、世界で誰もなし得なかったミドリムシの大量培養に成功した。

出会いから2年。久しぶりに彼を訪ねた。彼の会社は、巨大なオフィスビルの中にあり、社員も倍以上になっていた。ミドリムシの著しい成長を感じた。

「ミドリムシを使ったバイオジェット燃料で、飛行機を飛ばそうとしています」

ミドリムシの夢は、食品だけにとどまらず、化粧品、医療品、バイオ燃料にまで広がっていた。人類が夢見たサステイナブルな燃料の実用化まで、あと少しのところまで来ている。

会社は大きくなったが、変わらず彼を支えているのはミドリムシへの愛だ。物理や化学を超えた愛が、ミドリムシをこれから世界に広げていく。
2年前と変わらず、彼の襟元で光る鮮やかな緑のネクタイを見ながらそう確信した。

出雲 充(いずも・みつる)
ユーグレナ 代表取締役社長
1980年広島県生まれ。東京大学文科三類在学中にインターンで訪れたバングラデシュで栄養問題に直面し、帰国後、農学部に転部。同じ学部に所属していた鈴木健吾(現ユーグレナ取締役・研究開発担当)とともに豊富な栄養素を持つミドリムシ研究を始める。2000年に大学卒業後はいったん東京三菱銀行(当時)に1年勤め、05年にユーグレナを設立。同年に世界で初めてミドリムシの屋外大量培養に成功。12年には東証マザーズ、14年には東証一部に上場。同年のJapan Venture Awards「経済産業大臣賞」受賞、世界経済フォーラム(ダボス会議)が選出する「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選出される。社名のユーグレナはミドリムシの学術名。
 川村元気(かわむら・げんき)
1979年横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒業後、東宝にて『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『寄生獣』『バケモノの子』『バクマン。』などの映画を製作。2010年米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出され、翌11年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。12年には初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。同書は本屋大賞へのノミネートを受け、100万部突破の大ベストセラーとなり、佐藤健、宮崎あおい出演で映画化された。13年には絵本『ティニー ふうせんいぬのものがたり』を発表し、同作はNHKでアニメ化され現在放送中。14年には絵本『ムーム』を発表。同作は『The Dam Keeper』で米アカデミー賞にノミネートされた、Robert Kondo&Dice Tsutsumi監督によりアニメ映画化された。同年、山田洋次・沢木耕太郎・杉本博司・倉本聰・秋元康・宮崎駿・糸井重里・篠山紀信・谷川俊太郎・鈴木敏夫・横尾忠則・坂本龍一ら12人との仕事の対話集『仕事。』が大きな反響を呼ぶ。一方で、BRUTUS誌に連載された小説第2作『億男』を発表。同作は2作連続の本屋大賞ノミネートを受け、ベストセラーとなった。近著に、ハリウッドの巨匠たちとの空想企画会議を収録した『超企画会議』などがある。