だとすれば、人・モノ・企業の価値を高める方法は、2つしかないことになる。

1つはそれが生み出す将来のキャッシュフローを増やす方法。人の価値を高めたいとき、たとえばさまざまな自己投資によってスキルを高め、生涯年収をアップさせるという道が考えられるだろう。投資用マンションのような資産であれば、家賃価格を引き上げれば簡単にキャッシュフローの額は大きくなる。企業も優秀な人材の採用によって、稼ぐ力を増強していくことは可能だ。

しかし、キャッシュフローを増やすという道は、やはりハードルが高い。相場以上の家賃を設定すれば、まず借り手がつかないだろうし、会社が優秀な人材を確保しようとすれば、人件費が跳ね上がりかねない。

そもそも人間というのは怠け者であり、かつ、貪欲な生き物である。つい考えたくなるのが、「楽をして価値を高める方法」だ。キャッシュフローを増やす努力をせずに、手元の資産の価値を高めることはできないのだろうか?

そこで考えられるもう1つの道が、割引率を下げるというやり方である。なんとか将来のキャッシュフロー(稼ぎ)はそのままにキープしつつ、割引率だけを下げることができれば、いまの場所を1ミリも動くことなく新たな価値を手にすることができる。

しかし、割引率(コスト)とはリターンの裏返しであり、リターンとはリスクに対する見返りだ。

「リターンはそのままでリスクだけを小さくする」などという虫のいい話はあり得ない。常識のある人なら、そんな無茶なことに首をつっこもうとしないはずだ。

しかし、そこで最後の最後まで諦めずに粘り続け、「リスクだけを小さくする方法」を発見してしまったとんでもない人物がいるのをご存知だろうか。

それが、「資産運用の安全性を高めるための一般理論形成」により1990年にノーベル経済学賞を受賞したアメリカの経済学者、ハリー・マーコウィッツ(Harry M. Markowitz: 1927~)である。

「すべてのタマゴを1つのカゴに盛るな」という格言を耳にしたことはあるだろうか?タマゴを1つのカゴに入れていると、そのカゴを落とした場合には、全部のタマゴが一度に割れてしまいかねない。

一方、複数のカゴに分けておけば、1つのカゴを落としていくつかのタマゴが割れてしまったとしても、ほかのカゴのタマゴは無事だ。いわゆる「リスク分散」の考え方を表した格言として、いろいろな場面で引き合いに出される言葉である。