また、期待リターンがマイナス30%の競馬にのめり込んだとしよう。もちろん一獲千金の万馬券も狙えるが、何回もやればやるほどポートフォリオの分散効果が働き、実際の収益は期待リターン(期待損失)であるマイナス30%に収束していく。ギャンブルというのは、

やればやるほど分散効果が仇となり、確実に損をする基本構造になっているのだ。

さらにつけ加えれば、ギャンブル用の資金調達をしようとすれば、高金利の消費者金融ぐらいしか窓口がない。つまり、資金の調達コストもかさむわけだ。

これらを考え合わせると、借金をしてギャンブルにのめり込むことほど愚かなことはない、というのがファイナンス理論の結論となる。
他人資本での(レバレッジをかけた)ギャンブルとは、「負ける」ためのすべての要素を理想的に組み合わせた「最強の愚行」なのである。

ここでポートフォリオ理論に戻ろう。胴元たちにとってみれば、ギャンブルの参加者というのは、一定のキャッシュフローを生み出す株式銘柄たちに等しい。

ギャンブルの参加者が増えれば増えるほど、分散効果と相関効果が働く。だからギャンブルの胴元がやるべきことは、自分の期待リターンをプラスに据え置きながら、なるべく多様な参加者を集めてリスクだけを下げて、確実に儲けられる状態を保つことなのだ。

裏を返せば、胴元にとって最も恐ろしいのは、分散効果や相関効果が生まれない客である。

たとえば、ほかの参加者の何倍もの金額を賭けてくる大金持ち(分散効果が効かなくなる)とか、ルーレットゲームで赤にしか賭けない大所帯の団体客(相関効果が効かなくなる)は、リスク低減効果を妨げる邪魔者以外の何者でもない。

以上からわかるとおり、市場のすべての銘柄を組み合わせた「マーケット・ポートフォリオ」への投資というのは、絶対に負けないカジノの胴元の立場に立つことに等しいのだ。

野口真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。2014年・2015年上期M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
これまでの評価実績件数は2500件以上にものぼる。カネボウ事件の鑑定人、ソフトバンクとイー・アクセスの統合、カルチュア・コンビニエンス・クラブのMBO、トヨタ自動車の優先株式の公正価値評価など、市場の注目を集めた案件も多数。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『私はいくら?』(サンマーク出版)、『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など。