このようにオプションとは、「上がるか下がるか」に賭けるのではなく、「どちらに動くかわからない不確実性」に賭ける取引である。

より生活に近い場面で言えば、火災保険や生命保険が典型例だろう。保険というオプションを購入する意味は1つしかない。「将来、家が燃えてなくなるかも……」とか「ある日、病気になって働けなくなるかも……」といった不安から解放されて、日々の生活をエンジョイすることだ。

「家が燃えてくれたから保険金がたくさん入ってうれしい!」とか「生命保険に加入していたけど、結局、元気なまま年をとってしまったから損したな」というふうに考える人はあまりいないだろう(そうだとしたら、その人の価値観はあまりにも現金の呪縛に囚われていると言わざるをえない)。

オプション理論からわかるように、重要なのは保険金だけではない。保険の期間やそれが起こるリスクの量(ボラティリティ)によって、保険(オプション)の価値は決まるからだ。

たとえば、十分に資力のある人が過度な生命保険に入るのは馬鹿げている。生命保険とは、病気や死亡によって収入が確保できなくなるかもしれない不確実性に賭ける投資である。それゆえ、病気やケガをしても確実に生活できるだけのお金がある人にとって、月々の保険料をわざわざ払う意味はない。

同様に、DINKs夫婦(Double Income No Kids、つまり共働きで子どもを持たない夫婦)が、お互いに多額の生命保険を掛ける意味もほとんどない。2人が同時に倒れる可能性はゼロではないにしても、どちらかが病に倒れても生活を続けていくことはできるからだ(相手が執拗にそれを要求する場合は、ほかのリスクを心配したほうがいいだろう)。

やみくもに保険に加入するのではなく、あなたの不安(将来のリスク)をあなたなりに定量化し、その不安に保険料(オプション価格)が見合うか否かをいつも念頭に置いてほしい。

野口真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。2014年・2015年上期M&Aアドバイザリーランキングでは、独立系機関として最高位を獲得するなど、業界からの評価も高い。
これまでの評価実績件数は2500件以上にものぼる。カネボウ事件の鑑定人、ソフトバンクとイー・アクセスの統合、カルチュア・コンビニエンス・クラブのMBO、トヨタ自動車の優先株式の公正価値評価など、市場の注目を集めた案件も多数。
また、グロービス経営大学院で10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとるほか、ソフトバンクユニバーシティでも講義を担当。目からウロコの事例を交えたわかりやすい語り口に定評がある。
著書に『私はいくら?』(サンマーク出版)、『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)、『企業価値評価の実務Q&A』(共著、中央経済社)など。