「違和感がある」は、考えが言語化できていない証拠

編集者 楠木先生は本の中で、キャリア計画がないことに悩む人に、キャリア計画は全然必要なしと答えていらっしゃいますね。宇尾野さんのように、自分を軸に先のことまで考えていくことには、違和感は無いと。

楠木 そうですね。ちょっと話は逸れますけど。違和感っていう言葉に、僕は違和感を持っていて(笑)。違和感っていう言葉は、僕は使わないようにしています。違和感って言ってしまうと、「なんかちょっと違う感じ」とういところで思考が終わってしまいますよね。自分の考えと何が違うのか、何に反対なのかっていうのを、言語化できていない。少なくとも、自分の考えを言語的に説明できる形で持っておくのは、僕は仕事上すごく大切なことだと思っているんですね。

 この本はNewsPicksというメディアで連載していた記事をベースに出来たものなんです。NewsPicksで連載をしていると、毎回記事にコメントがつく。すると「違和感がある」とかいう人がものすごくいる。何か意見が違うんだったら、自分の意見を述べるとか、批判するとか、反論するとかすればいいのに、それはない。ただ「違和感がある」とだけコメントするんですよね。違和感ってやっぱり、僕は、自分の問題として向き合ってない感じがする。嫌いな言葉ですね。

一人一人の好き嫌いが反映されるのが、優れた組織

「違和感がある」は、思考停止のことば菅野由佳(仮名)
社会人3年目。シンクタンク/コンサルティング会社勤務。

菅野 自分のキャリアについてというよりも、仕事の中でのことなのですが。

 それこそ違和感に近いものかもしれないんですけど。私の組織はチームメンバーが、いま非常に増えていて。私が入った段階では3人だったのが、1年間で20人にまで増えている状況です。

 入って来る人は皆、年齢も役職も、コンサルタントとしての経験値なども、すべてがバラバラです。その中で、自分が求められている役割や取るべきポジションがわからず、どうしようって戸惑うことがあります。

 入社時期は早いので、比較的調整役だったり、他のメンバーの職場環境を整えるような若干マネージャー的な役割をせざるを得ないこともある。なんだか上手くいかない時に、それこそコミュニケーション上の違和感じゃないな、何て言ったらいいのでしょう……言語化ができてない感じがありありと(笑)。

楠木 そもそもなぜ仕事を、複数の人間でやるのか、組織でやるのかを考えると、1人の人間だと、できることはたかが知れているからなんですね。物理的、時間的にも、能力的にもたかが知れているから、みんなで補い合ってやりましょうよということです。

 これは経済活動の一丁目一番地みたいな話ですが、比較優位っていう言葉、聞いたことあります?

菅野 はい。

楠木 経済的な取引が発生する大きな理由の一つですね。「私はこういうことができますが、ただし、これはできません」「あなたは、こういうことができます。これはできません」という、それぞれに提供できるものがあり、それが人によって違う。だからお互いに補い合うことで、それぞれが利益を享受できる。市場での取引は、まさに比較優位で生まれますね。

 組織の中では、お金を払う訳ではないですが、お互い補い合うとか、協業するというか、分業で、比較優位が生まれます。

 問題は、組織の中でこのような状態が生まれる時、二つの考え方があると思っていて。一つは、会社の中で割り振る人がどこかにいる場合。この人が菅野さんに何かの役を求めるとか。何かをアサインするとか。そういうコーディネーターがいて、全体を決めるという考え方がある。

 一方で、さっきの市場的な考え方もあり、一人ひとりが「私はこれができるけど、これができない」「これが好きだ、これが嫌いだ」のように、できないこと、やりたいこと、やりたくないことを表明していく考え方もある。「あなたがこっちをやって、私はこっちをやったほうがいいよね」と言い合うことで、組織の中での仕事が決まっていく。こういう成り行きもある。

 僕は組織としては、それが現実にどこまで可能かどうかは別にして、絶対に後者のほうが優れてると思うんですよ。

 高度成長期ならいざ知らず、とくに最近の世の中の仕事では、そういう面があると思います。コンサルティングのお仕事にもいろいろとあるでしょうけど。かなり属人的な能力で決まる仕事ですよね。自動車の生産ラインで、みんながそれをやったらね、やや面倒が起りますけどね。

菅野 たしかに。

楠木 車の生産ラインの場合は、全体の計画者、設計者がいて、あなたがこれをやりなさい、これをやりなさいってなるんでしょうけど。菅野さんの仕事は、プロセスで価値をつくるのではなく、一人ひとりの個の力でつくっていく部分が多い……。

 他の皆さんの仕事も恐らくそうだと思うんですけど、20世紀の産業と比べると、属人的な仕事が多くなっているので、ますます僕は、後者の一人ひとりの役割が決まっていくことが大切だと思うんですね。

 そのための第一歩は、一人ひとりが「好き、嫌い」「やりたい、やりたくない」「得意、不得意」を、常に前面に出しているというのが、一番だと思いますね。もちろん、聞き入れられるかどうかわかりませんよ。ただ、そういう状態は、健康だと思いますね。

菅野 たしかに、1人が意思表明し始めれば、ほかのメンバーも、自分のなりたい立ち位置やあるべき立ち位置というのが考えられるようになりますよね。