ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く

『笑点』歌丸の後任探しに奔走する各誌の“本命”は?

降旗 学 [ノンフィクションライター]
【第161回】 2016年5月21日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 日本テレビ系列で放映されている『笑点』が、今月15日で放送開始50周年を迎えた。半世紀にも及ぶ長寿番組は、いまなお平均15%前後の視聴率を誇る人気番組でもある。

 振り返れば、初代司会者がこの番組を立ち上げた立川談志師匠(故人)。二代目が放送作家の前田武彦氏(故人)。三代目になると、アラフィフには懐かしい「てんぷくトリオ」の三波伸介氏(故人)になる。四代目に三遊亭圓楽師匠(故人)と続き、現在は桂歌丸師匠が五代目の司会者を務めている。

 が、次回の放送をもって、歌丸師匠が『笑点』を勇退するという。歌丸師匠は、病気療養による休養を除けば、放送第一回からこんにちに至るまで出演し続けた唯一の噺家さんだ。

〈歌丸さんは「体力の限界」と引退の理由を説明。肺気腫を患って以来、息切れなどをするようになったといい、昨年の秋ごろに局側に「これ以上、迷惑はかけられない。もう引き際だと考えている」と伝えたが、局側から「50周年まで続けてほしい」と説得され、このタイミングでの引退発表になったという。「笑点」は1966年5月にスタートした国民的演芸番組で、歌丸さんは第一回から出演(後略)〉(毎日新聞4月30日)

 週刊新潮のインタビューに、歌丸師匠はこう応えている。

 「あたしを世に出してくれたのは、五代目古今亭今輔師匠と四代目桂米丸師匠、そしてやっぱり『笑点』ですね。この三つが、あたしの大恩人だと思ってます」

 歌丸師匠が恩人のひとりと言う五代目古今亭今輔師匠は、歌丸師匠が最初に弟子入りした噺家さんだ。だが、二ツ目に昇進して間もなく、古典落語をやりたい歌丸師匠(当時は古今亭今児)に対し、今輔師匠は新作一辺倒だったことに反目。さらにはなかなか出番を与えられない若手の待遇改善を訴えたことに今輔師匠が激怒。歌丸師匠は“破門”を言い渡され、一度は落語界を去った過去もあるのだ。

 当時の歌丸師匠には子どももいて、そのためにポーラ化粧品の訪問販売員をやり糊口を凌いでいた。そんな歌丸師匠の復帰を手助けしたのが、二人目の恩人という四代目桂米丸師匠だ。これにあわせ、歌丸師匠は今輔一門から桂米丸一門に移籍する。そして、新たな師匠となった桂米丸師匠から「桂歌丸」の名を与えられた。

 『笑点』との出会いは、歌丸師匠がまだ二ツ目のときだ。当時、29歳である。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

降旗 学[ノンフィクションライター]

ふりはた・まなぶ/1964年、新潟県生まれ。'87年、神奈川大学法学部卒。英国アストン大学留学。'96年、小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。主な著書に『残酷な楽園』(小学館)、『敵手』(講談社)、『世界は仕事で満ちている』(日経BP社)他。


新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く

三面記事は、社会の出来事を写し出す鏡のような空間であり、いつ私たちに起きてもおかしくはない事件、問題が取り上げられる。煩瑣なトピックとゴシップで紙面が埋まったことから、かつては格下に扱われていた三面記事も、いまでは社会面と呼ばれ、総合面にはない切り口で綴られるようになった。私たちの日常に近い三面記事を読み解くことで、私たちの生活と未来を考える。

「新聞・週刊誌「三面記事」を読み解く」

⇒バックナンバー一覧