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日本人が知らない本当の世界経済の授業
【第9回】 2016年6月7日
著者・コラム紹介バックナンバー
松村嘉浩

日本も一神教になりかけた?:神様も仏様もいる国だからできること

各方面から絶賛されたストーリー仕立ての異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』が発売され、大きな話題を呼んでいます。

その一部を紹介し好評を博している本連載。今回は、一神教の世界に取り込まれなかった唯一の先進国である日本の特殊性について考えます。
(太字は書籍でオリジナルの解説が加えられたキーワードですが、本記事では割愛しております。書籍版にてお楽しみください)


 

日本人が知らない、日本という国の特殊性

 「さて、このように考えの違いが3つの宗教にはあって、一神教の排他性ゆえに起きてくる宗教的な主張の違いがいざこざの原因だと、一般には解釈されるわけです」

 「一神教じゃない日本人にはよくわからないけど、スゴイ話ですね」

 「逆に、日本がいかに特殊なのかを理解したほうがいいと私は思うのです。4回目のゼミで話したように日本は世界システムに取り込まれなかったゆえに、世界の半分の人の宗教になった一神教の世界にも取り込まれませんでした(『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』参照)。ですから、自然の中で生まれたアニミズム、つまり古い昔の人間が持つ森の宗教、多神教の世界を残しています。そして、海外から渡来してきた弥生人と日本古来の縄文人が融合して日本人になったように、外から入ってきたものを、自分たちの文化に無理なく同化させていくのが得意なのです。例えば、お寺の中に神社があったりするじゃないですか」

 「たしかに!よく考えたら変ですよね。前から不思議だったんです」

 「日本人は、後から入ってきた仏教の仏様は、日本にいた神様が姿を変えたものというような感じで、新しく来た仏をもともといた神と同じ働きをするものと考えたわけです。こうして、仏様は日本の神様とケンカすることなく無理なく仲良く習合していくのです。逆に言えば、お寺に神社があるのが明治時代まで普通だったんですよ」

 「なるほど、そういうわけでお寺に神社があったりするんですね」

 「『クリスマスと正月が同居する日本に世界の宗教家が注目!寛容の精神に見る、宗教の本質とは』と題して、TEDで松山大耕さんという京都のお坊さんが話されていました。この方、お寺の子どもに生まれたのにカトリックの学校に行っていたそうです」

絵玲奈は思わず吹きだした。

 「それ、笑えますね。あ、でも私も普通の家なので一応は仏教徒といえば仏教徒ですけど、カトリックの学校に行ってました。よく考えたら似たようなものですよね」

 「でも、その話を敬虔なカトリックの国のアイルランドのB&Bで泊まったときにしたら、そこのおかみさんに“なんであなたの国はそんなことができるの?アイルランドでそんなことをしたらあなたは殺されても文句は言えないわ”と言われたそうです」

 「まさに排他的な話ですね……」

 「日本人はキリストの誕生日であるクリスマスをお祝いし、年末にはお寺で除夜の鐘を聞いて、そしてお正月には神社に初詣に行って、特におかしいとは思いません。日本ではこういった宗教の寛容性というのは一般的です」

 「最近は、ハロウィンがすごいですよ」

 「ですよね~。ハロウィンって仮装のお祭りになっていて宗教的な意味はもはやだれも理解してないし、どうでもいいって感じですよね~。

ところで、松山さんは、日本の仏教はカレーだとおっしゃっているんですが、すごく的確なたとえだと思いました」

 「カレーですか?」

 「仏教はインド発祥ですよね。インド発祥の上座仏教は、戒律の順守、それから経典の学習、瞑想の修業などが目的で、妻帯も肉食も許されません。でも、日本の仏教は妻帯を許されていますし、修行中はお肉・お魚を謹んで精進料理を食べますが、修行が終わってしまえば特別厳しい戒律はありません。そして、葬式仏教と蔑んで言われることがありますが、本来の仏教にはない先祖供養や、普段の生活の中での礼節を敬うといったことを重視しています」

 「わかりました!カレーはカレーだけど日本のカレーはインドで生まれた本当のカレーとはぜんぜん違うってことですね」

 「そう。そのとおりです。日本人は本質を失わずに自分のところの文化に合わせたものにアレンジして取り込んでいくのが得意なのです。日本の仏教は日本古来の宗教である神道の影響を受けて、日本にふさわしい形で洗練されてきたわけです。ですから、もともとブッダが始めた原始的な仏教とは実践の方法は違いますが、本質を失ったわけではなく、ブッダが唱えたすばらしい哲学と教義に基づいているというわけですね。

 松山さんは日本人の宗教観というのはBelieve in somethingではなくて、Respect for somethingもしくはRespect for othersだとおっしゃっていて、日本人の寛容性のある宗教観を世界中にシェアできれば、世界のみなさんにすばらしいアイディアを提供できると強く信じているとおっしゃっています」

 「すごく納得です。だって自分のとこの神様が絶対だと言って、やられたらやり返すみたいなことをやってたら、ヤクザの抗争みたいで終わりのない泥沼ですもんね」

 「そうなんですよね。前期の6回目のゼミでは“日本人がやるべきこと”をお話ししましたが(『増補版 なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』参照)、日本だけが、一神教の世界に飲み込まれなかった唯一の先進国なので、宗教的な面においても日本人が世界に示すべきことは大いにあるのです。本当に、日本のような宗教観が世界で受け入れられるとすれば、憎しみが連鎖するヤクザの抗争のような世界に終止符が打てるかもしれませんからね。

 ちなみに、松山さんはリスナーからのお悩みを、神社の神主さん、仏教のお坊さん、キリスト教の牧師さんの3名が一緒になって解決するというラジオ番組を持たれているそうです。この番組のタイトルが『8時だヨ!神さま仏さま』なんだそうです」

絵玲奈はまた、思わず吹きだした。

 「それ、いいですね。こんなタイトルが許される緩い感じが最高です。日本はいい国ですね」

キリスト教の世界観は『チェーザレ』で学べ

 「原理主義的な宗教があったら、神に対する冒涜だとしてラジオ局が焼き討ちになりそうなタイトルですね。結局のところ、現代の世界では日本が唯一、先進国の中で多神教を残してきたという事実が、一神教の排他的世界とは異なる世界をつくり得ていると言っていいでしょう。

 さて、一神教の排他性をいろいろとお話ししてきました。でも本質的な問題は一神教の排他性そのものではありません。最初にお話しした十字軍の例のように、権益や権力の拡大のためにキリスト教が持つ排他性が政治利用されたことなのです。ではなぜ、キリスト教は政治と結びつくことになったのでしょうか?これも歴史を振り返る必要があります。そもそも、キリスト教はローマ帝国において邪宗の扱いで、弾圧されていたわけです」

 「それはどうしてですか?」

 「まず、ローマ帝国はもともと多神教の国であり、自分の神様が絶対である一神教とは相いれない部分があること。そしてさきほども言ったように、キリスト教は新興宗教なので、初期に布教する対象が差別された人たちや下層の人たちだったことがあります。そういう人たちに徒党を組まれると、権力者の側としては不穏というか、コワいじゃないですか」

 「たしかに。その気持ちはわかります。オウム真理教みたいなカルトだったらコワいですもんね」

 「そんなキリスト教が、どういうわけかローマ帝国の国教、正式の宗教になってしまいます。不思議な話ですね。いったい何が起きたと思いますか?」

 「それって、すごく謎ですよね。高校のときの世界史の授業でも、なんだかいつのまにか国教になっていて、あれって感じだったのを覚えてます。もうそのへんで頭がこんがらがって世界史が嫌になってしまいました」

 「そうなんですよね。このへんの矛盾は普通に考えるとよくわからないところです。でも、キリスト教は当時の新興宗教ですから、新興宗教の勧誘のやり方を考えるとよくわかるんじゃないでしょうか」

 「なんですか、新興宗教の勧誘って(笑)」
絵玲奈は、教授が唐突に変なことを言い始めたので、思わず笑ってしまった。

 「新興宗教の勧誘っていうのは、要するに困っていたり、弱っていたりしている人をターゲットにするのが手っ取り早い方法だということです。

 今まで信じていた神様よりも、自分のとこの神様のほうがすばらしくて、問題解決してくれるから乗り換えましょうと勧めるわけです。信者を増やすにはどこの神様にも属していない無神論者の人を勧誘するか、すでに他の宗教を信じている人を勧誘するしかないわけですが、昔は無神論者なんていないわけですから、他の宗教を信じている人を改宗させるしかないわけです。そうすると、よほど困っている人でないと、今までの神様を捨てて新しい神様にすがらないじゃないですか」

 「今までの神様に罰を当てられそうな気がしますもんね。ということは、ローマ帝国は相当に困っていたわけですね」

 「そうなんです。3世紀のころのローマ帝国は外敵の来襲や経済の停滞などで衰退する過程に入って、皇帝の権威は失墜し困り果てていたのです」

 「そこに付け込まれたということですか?」

 「そんな感じでしょうか。それまでの先祖が異端だとして弾圧してきたにもかかわらず、困り果てて、勢力を伸ばしてきたキリスト教と、キリスト教の絶対神の力に頼らざるを得なくなったというわけです。

 キリスト教の一神教の神は絶対神ですから、ローマの多神教の神様と違ってこうあるべしと明確に方向性を示すわけです。そういう、ある意味パワフルな絶対神に守られた立場となれば、弱体化して指導力を失った皇帝の権威も取り戻せるという計算が働いたわけです」

 「つまり政治が神頼みになっちゃったわけですね」

 「そうなんですよね。皇帝が神の権威に依存せざるを得なくなったわけです。ここからキリスト教は政治と結びつくことになります。そして、ローマ帝国が瓦解し、戦乱と分裂が起きて政治権力が弱体化するなかで、逆にキリスト教の信仰がヨーロッパをまとめるアイデンティティになっていくわけです。300年間弾圧しても増え続けた新興宗教のキリスト教がローマ帝国を乗っ取ったといっていいかもしれません。

 ちなみに、当時のヨーロッパの人たちに国民という概念がなく、『どこの人ですか?』と聞けば、自分たちが属しているキリスト教の教区を言ったであろうと、以前のゼミでも話したのはこういうわけです。そして今でもヨーロッパの人たちは、自分たちが偉大なローマ帝国の末裔であるという意識を持っています。

 こうして、キリスト教の親分であるローマ教皇は特別な権力を有していくのです。ところが、権力を持つとありがちな話なのですが、ローマ教皇が本来の仕事である精神世界の統治ではなく、現実世界の統治の欲を出してしまうのです。その結果、信仰は腐敗し、カネと権力の拡大のために、キリスト教が持つ排他性が政治利用されることになっていくのです」

 「以前のゼミでおっしゃっていた、ヨーロッパの暗黒の中世ですね」

 「はい。ところで、日本人にはわかりづらいこのようなキリスト教の世界観を、わかりやすく理解できる参考書を紹介しておきましょう。『チェーザレ 破壊の創造者』というマンガです」

出た!マンガ。教授の得意技さく裂!と絵玲奈は思った。

 「このマンガでは、神聖ローマ皇帝とローマ教皇の関係とか、ローマ教皇の地位を奪い合うものすごく脂っこい権力闘争の様子が描かれます。キリスト教徒がユダヤ教徒やイスラム教徒を邪宗としていて、彼らと敵対するのが当たり前……といった、キリスト教がヨーロッパ人のアイデンティティである世界観もわかりますから、勉強になりますよ。

 ちなみに主人公のチェーザレ・ボルジアは、ルネサンス期の世俗化した教皇の代表的存在であるロドリーゴ・ボルジアの息子です。カネと女に溺れた史上最悪の教皇ともいわれる父親を支えた右腕のような存在です」

 「ダークヒーロー系ですね。面白そうです」

日本も一神教になりかけた?

 「ちょっと脱線しますが、少しだけ。日本は多神教だっていってきましたけど、じつは、日本でも一瞬だけローマと同じように、政府が自分たちの正当性を主張するために神の権威を持ち出して、一神教にしようとしたことがあるんですよ」

 「え~。ホントですか」

 「ええ、ホントです。さっきお寺に神社があるのが明治時代まで普通って言ったじゃないですか。なぜ明治時代までかっていうと、明治政府が一瞬だけ一神教にしようとしたからなんです。明治政府は日本を天皇が統治者だった“神武創業のころに戻す”という復古政策だったので、天皇の正統性を神道に求めたのです。そのときに神道を国教にしようという動きが起きました。これを国家神道といいます」

 「なるほど。ローマと似たような話ですね」

 「明治政府は神道を国教にして国家神道をつくり、神仏分離令を出して神仏の習合を廃し、分離してしまおうとしたのです。これがエスカレートして、廃仏毀釈というお寺を壊すなどの破壊行為につながっていきました。寺院が半分以下になり、今残っていたら国宝級の建物や仏像の多数が破壊されたり売却されたりしたのです」

 「一神教っぽいことが日本にもあったんですね!」

 「江戸時代は神仏習合といっても、檀家制度のように江戸幕府が仏教のフランチャイズを使って民衆を支配していましたから、仏教側が圧倒的に優位にいたわけです。神道の側は、神官もお葬式を仏教でやらなければならないなど、フラストレーションがたまっていたのです。それが廃仏毀釈のような暴力的な行動として爆発する原因になったのです。

 明治政府は、お寺と神社を分けてしまおうとしただけで、お寺をつぶすところまで命令したわけではありません。しかしながらエスカレートして、結果的に日本の歴史で唯一と言ってよい宗教対立による本格的な弾圧となってしまいました。でも、このような動きは長続きせず、いつのまにか自然消滅してしまいます。

 明治政府としては最初は、開国して異国の一神教のキリスト教が入ってきて国民がキリスト教徒になったらマズい、それぐらいなら神道を国教にして日本独自の一神教にしてしまえば、天皇の正統性も主張できるし国民を統治するうえで一石二鳥だ、という考えだったようです。

 でも、そもそも民衆がぜんぜん同調しなかったのです。民衆はこれまでどおりお寺でお葬式をしましたし、キリスト教も政府の脅威になるほどの広がりになりませんでした。また、明治政府は布教するカネもノウハウもなかったようで、国家神道をうまく布教することができなかったようです。笑い話ですが、布教する人材が足りなくて、講談師や落語家がかり出されたそうですから」

 「(笑)それ笑えます」

 「結局のところ、神道を国教にしなければ統治できないほど困った状態に国があったわけでもなかったし、宗教を政治に持ち込まなければならないほど民度が低いわけではなかったと言えるでしょう。結局、神道を国教にすることに失敗します。そして、政治と宗教は分離するという近代的な方向へ舵を切っていくのです」

 「つまり、日本には一神教の需要もなく、供給するノウハウもなかったというわけですね」

 「そのとおりだと思います。第2次世界大戦後の話ですが、神風特攻をやるような国は、きっとすごい一神教のカルトな国で、国家神道にはキリスト教のような上位下達のとてつもなくがっちりした組織があるに違いないとGHQが身構えて日本にやってくるのですが、そんなものはどこにもなくてずいぶんと拍子抜けだったようです

さて、いろいろと脱線しましたが、話を最初に戻しましょう。イスラム世界が“賢者の石”のようにされてきたことが、最終的にイスラム国のようなメチャメチャなものが生まれてきた原因だと言いました。

もうおわかりですね。こうした腐敗したキリスト教が引き起こした十字軍の話のように、経済的な利権や権力の拡大を目的とするキリスト教側が、イスラム教側を1000年にわたって“賢者の石”化してきたという怨みつらみが根源的な対立の背景というわけです」

 「結局、キリスト教側が戦争に勝って、勝ち組のお金持ちになって、負け組のイスラム教側は“賢者の石”にされちゃって貧乏。その格差が問題ってことですね」

 「はい、その経済格差・身分格差は異常なレベルとなっているのです。それを証明するのは、だれの目からみても異常なイスラム国に世界中の若者がこぞって参加しているという事実です。欧米の社会では差別、格差、貧困……いろいろな理由で現状に不満を持ち、絶望を感じるイスラム教徒の移民の若者が増加しているのです。社会に絶望した若者がイスラム国に希望を見出すのは、いかに世の中が歪んでしまっておかしなことになっているのかを、明確に表現しているのだと思います」

 「なるほど……」

 「これまでのゼミで説明したように、成長しない世界になっていることも、この問題を引き起こしている大きなカギです。成長していれば、格差があっても絶望に至るような格差にはなりません。特にヨーロッパにおいては若年労働者の失業が増え、下層に位置するイスラム系移民は大きな格差に直面しているわけです。

 逆に言えば、イスラム国はアイデンティティを失い、閉塞感をもつ若者の気持ちをうまくつかんで、欧米キリスト教国に対する敵愾心を煽るプロパガンダをしているわけです」

 「でも日本にいると、イスラムは身近じゃないし、その格差や苦しみがよくわからないです」

 「そうですね。日本はイスラム世界とは遠いし、日本は格差といっても欧米とイスラムのようなレベルではないですからね。う~ん、じゃあイスラムの苦しみを体感するのは難しいので、逆に勝ち組の世界の歪みを体験してそこからこの問題を考えるのはどうでしょう?」

 「え~、なんだか面白そうですね」

 「じゃあ、ニューヨークに行きましょう」

 「え……」
絵玲奈は、あまりに唐突な話に絶句した。

 「いや、無理にとは言いませんので。でも、もし可能だったら特別に面白い経験をさせてあげましょう。学生のうちにいろいろなところに行くのはいいことですよ」
と教授はいつもの口癖を言った。

 「考えます……パリに行ったばかりだから、旅費とか両親に相談しないと……でも、なんでニューヨークなんですか」

 「前期の4回目のゼミで言いましたが、今の覇権国つまり勝ち組の代表がアメリカで、その中心がニューヨークだからです」

 「で、特別なことってなんですか?」

 「クリスティーズのオークションを見学させてあげます。じつは、私は友人に見学させてもらえる約束をしているのです」

 「それってこの話とどういう関係があるんですか?」
イスラムとクリスティーズがどうつながるのか、さっぱりわからずに絵玲奈は尋ねた。

 「アートとテロはコインの裏表なのです」
また、教授の得意のなぞなぞが始まったと絵玲奈は思った。
 

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松村嘉浩(まつむら・よしひろ)

1989年神戸大学経済学部経済学科卒(数理経済学専攻)。
1989年にゴールドマン・サックス証券に入社し、メリルリンチ証券を経て、1996年にドイツ証券に入社。
ドイツ証券で円債トレーディング部長を務めた後、バークレーズ・キャピタルに移籍し2011年に引退。
主に円債トレーディングおよび自己勘定トレーディングに従事。
2015年に今回の新著の前半部分となる『なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』を発表し、話題を呼んだ。


日本人が知らない本当の世界経済の授業

投資家、経営者、コンサルタント、アートディレクター、官僚、学生など、各方面から絶賛された異色の経済書に、1冊分の続編が新たに加えられた『増補版なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?』が発売されました。この連載ではその内容の一部とともに、同書の示す未来と世界観を別の角度から紹介します。

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