「敬老原則」は絶対価値ではないことを
改めて議論すべきときがきている

出口 歳出面でいえば、医療費も年金以上に深刻な状態です。人口の25%を占めていない65歳以上が、医療財源の6割を遣っている。

井堀 2020年代後半になると、団塊世代が後期高齢者になって、1人当たりの医療費はさらに増えていきます。
 公的医療保険は年金と違って純粋の賦課方式をとっていますから、財源は保険料と税金しかない。手当するには公的医療保険に早いうちから積立金を準備しておくべきです。同時に、個人勘定の積立金制度も導入し、若いときから自分の老後用に医療保険を積み立てておくようにする。現代の多くの人たちは感染症より習慣病に苦しんでいますから、積立金制度は若いうちから健康維持に気をつけるインセンティブにもなると思います。

年金・医療制度、選挙制度においても<br />「敬老原則」は普遍的なものではない<br />出口治明・ライフネット生命保険会長×井堀利宏・東京大学名誉教授対談【後編】「年金も医療保険も賦課方式のほうがいいのではないか」と出口会長

出口 負担と給付の関係をできるだけ見える化して、個人にインセンティブをもたせるために負担を個人に紐づけていくというのが先生のお考えですね。

井堀 そうです。もうひとつは、高齢者にも現役世代並みに負担してもらうアイデアがあります。高齢者の医療自己負担を今の実質1割から3割にいきなり上げるといっても難しいでしょうけれど、その差額の2割分については高齢者が亡くなったときに遺産から政府が優先的に回収できるようにすればいいのではないか、と。

出口 先取り特権ですか。マイナンバー制度をきちんと整備して、資産を補足できるようにすることが前提になりますね。
 僕は実は、年金も医療保険も賦課方式のほうがいいのではないかと考えているのですが、どちらの方式であっても、まず無駄な医療費を削減していく必要がある
 ロンドンに暮らしていたころ、「人間の70%は水でできている。そういう構造の人間が自分で水を飲めなくなったら神様の領分に入ったということ。本人の強い意志がなければ延命医療は行うべきではない」と言われたことがあります。ACP(アドバンス・ケア・プランニング)と呼ばれる仕組みを導入して、元気なときに自分はどう生きて、いかに死にたいのかという希望をクラウド上にでもカルテとして記録しておく。自分自身で事前に意思表示をはっきりしておいて、急に倒れたときにも確認できるようにする。

井堀 医師に保険点数をあげることにすれば、医師も積極的にカルテ化するでしょうしね。要は、医療制度にインセンティブを取り入れて、病気のリスクに事前に備える環境を整備することが重要でしょう。

出口 人の生死など倫理にかかわる問題はタブー視されやすいですが、さきほど挙げられた高齢者の3割負担を実現するうえでも、改めてみんなで敬老原則の是非について議論すべきではないでしょうか。どの民族でも船が沈みそうなときは、子ども、女性、男性、高齢者の順に助け出します。つまり、敬老原則はサッカーチームのときに成立する原則で、決して普遍的なものではないです。政治家がきちんとその点を説明しないから、高齢者も敬老パスをなぜ取り上げるんだ、と文句をいうのであって、そもそも少子高齢化で敬老原則が通用しなくなったという状況を議論することが大事だと思うのです。