「幸せ食堂」繁盛記
【第二十九回】 2016年6月13日 野地秩嘉

昭和の下町の風景を撮り続けた
カメラマンが営む浅草橋の洋食屋。
名物はオムライスと、ボリューム満点の三色ライス

料理は食べるもの。撮るものにあらず

 わたしがオムライスを食べていたら、隣にいた常連と思しき親子連れが三色ライスを注文した。母親と小学生の女の子である。親子連れはあっという間にそれぞれの皿を平らげると、「ごちそうさま」と言って帰っていった。

 秋山が笑いながら、後ろ姿に声をかけた。

「どう? 大丈夫だった?」

 子どもにおいしい? と聞く店主はいる。しかし、大丈夫だった? という文句は初めて聞いた。

「量は多かったかな? 残さず食べてお腹がいっぱいになったんじゃないの? 大丈夫?」という意味だと思われる。

 前述のように秋山はいまも下町を歩いては撮影をしているが、これまでただの一度も写したことのない被写体がある。それは……。

「料理の写真は撮ったことがない。こうして、取材に来てくれた人が写してくれるから、僕は撮らないんだ。それに、自分の料理を撮るのはなんだか照れくさいでしょう。これからも撮ることはありませんよ」

 確かに、料理は写真に写すものではなく、食べるものだ。


「一新亭」

◆住所
東京都台東区浅草橋3-12-6
※総武線 浅草橋徒歩6分
◆電話
03-3851-4029
◆営業時間
11:30~20:00
日祝休み

 

 

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野地秩嘉 

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業。出版社勤務、美術プロデューサーなど を経て、ノンフィクション作家に。食や美術、海外文化の評論、人物ルポルタージュ など幅広く執筆。近著に、「TOKYOオリンピック物語」「イベリコ豚を買いに」「打 ち合わせの天才」「アジア古寺巡礼」「アジアで働く いまはその時だ」など。


「幸せ食堂」繁盛記

この連載は、味がよく、サービスも悪くなく、値段はリーズナブルで、しかも、できればハイサワーやホッピーを置いている店のグルメガイドだ。ここで紹介される店は、金持ちの社長やグルメ評論家はまずいない。著者は、そういう店を「勤労食堂」「国民酒場」と呼ぶ。そこでは客が微笑しながら食べている。ほほえみながら食べている人と一緒にいることは至福だ。人生の幸せは勤労食堂もしくは国民酒場にある。

「「幸せ食堂」繁盛記」

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