「好きなようにしてください」
という言葉の真意とは?

ファイナンスのプロが<br />個人資産の9割を「○○」で持つ理由<br />【特別対談】楠木建 × 野口真人(第2/3回)野口真人(のぐち・まひと)
プルータス・コンサルティング代表取締役社長/
企業価値評価のスペシャリスト
1984年、京都大学経済学部卒業後、富士銀行(現みずほ銀行)に入行。1989年、JPモルガン・チェース銀行を経て、ゴールドマン・サックス証券の外国為替部部長に就任。「ユーロマネー」誌の顧客投票において3年連続「最優秀デリバティブセールス」に選ばれる。
2004年、企業価値評価の専門機関であるプルータス・コンサルティングを設立。年間500件以上の評価を手がける日本最大の企業価値評価機関に育てる。これまでの評価実績件数は2500件以上。また、グロービス経営大学院などで10年以上にわたり「ファイナンス基礎」講座の教鞭をとる。
著書に『お金はサルを進化させたか』『パンダをいくらで買いますか?』(日経BP社)、『ストック・オプション会計と評価の実務』(共著、税務研究会出版局)など。

【野口】楠木先生の経歴も破天荒ですよね。本当に戦略なしで、結果的に今のポジションにいらっしゃる。

【楠木】先ほども話したように。個人のキャリアというのは、経営戦略の考え方とは前提が違うと思うんですよね。そもそも「組織があるかどうか」という点で大きく違う。「全員で共通理解を持つ必要があるかどうか」ということです。組織は共通理解を持つ必要があるから、1人の直感とか、「機が熟した」「いや、まだだ」というような、人に説明できない感覚では束ねることができない。でも個人の場合は、それで決めていい。だから僕はやっぱり、個人のキャリアに戦略や計画って馴染まないと思うんです。

【野口】でも、そういうお考えの楠木先生のところに、『好きなようにしてください』に載っているような身の上相談がいっぱい来るわけですよね。

【楠木】そうなんですよ。だから本当に「好きなようにしてください」と答えるしかないんですよね。一見、無責任ともとられかねない言葉ですが、そうとしか答えようがないんです。
僕の言う「ありとあらゆるものは全部プライスレスだ」という話は、決して「明確な価値基準で割り切れるものはない」という意味ではなく、「価値基準のあり方は、人によって違う」ということなんです。その価値基準は、どこまでいっても他人とはわかり合えない、すぐれて個人的なものですよね。それを強調すると「好きなようにしてください」という言葉になるんです。ファイナンスの考え方を身につけて、価値基準を「プライス(価格)」に変換するにしても、「自分の基準でプライスに変換できているか」という点が重要で。

【野口】確かに、他人が決めた「価格」だけを比べて判断するのは、「自分の基準」での選択ではないですもんね。「他人の基準」での選択で。

【楠木】そうです。だから「この会社の初任給がいくら、あの会社の初任給はいくら、さてどっちにしよう?」なんて悩みは、もう典型的な「価格」と「価格」を比較している、最も非合理な選択なんです。

【野口】なるほど。

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【楠木】あと「好きなようにしてください」という言葉は、「自分探しは大事」「個性を大切に」「あなたの夢をあきらめないで」という癒し系のメッセージに誤解されることもよくあります。それも僕の真意とは違う。僕が伝えたいのは、もっと厳しいメッセージです。
仕事は趣味とは違います。人の役に立って初めて仕事になります。でも「エクセルができま~す」というような、「普通の人ができることができる」では、プロの世界では何もできないのと同じ。「余人を持って代えがたい」という部分があって、初めて人の役に立ちます。
そのうえで、たとえば野口さんが企業価値評価の分野でそうであるように、余人を持って代えがたいほどに上手になるにはどうすればいいのかというと、それは努力を継続するしかありません。でも努力を継続するのはすごく難しい。ならばなぜ努力を継続できるのかというと、最終的には「好きだから」というところに行きつくんですよね。

【野口】好きじゃなければ、努力は継続できない、と。

【楠木】そう。好きならば、努力をしていても、本人の中では娯楽と一緒なので、いわば「努力の娯楽化」が起きます。僕はこの「努力の娯楽化」が、仕事を成功させる最大のツボじゃないかなと考えているんです。だから「好きなようにしてください」。