外国人客が元ボロアパートに殺到する「街ホテル」とは?元は東京芸大生が住むアパートだった木造建物をリノベーションした「HAGISO」。まちの銭湯で入浴してもらい、近隣の宿泊施設に泊まってもらう。つまり、谷中のまち全体を1つの「ホテル」に見立てるという、斬新なアイデアで運営している

谷中のまち全体をホテルに見立てた
斬新なコンセプトが外国人に人気

 谷中の路地を幾重にも曲がった先に、周囲の建物とは少し趣の違う建物がある。もとは東京芸術大学の学生が住んでいた古いアパートをリノベーションした黒の外観。入り口付近には外国人旅行客があふれている。いま、谷中で話題の文化複合施設「HAGISO」である。

 ここは、まち全体をホテルに見立てた新しい施設だ。近所に宿泊所(HANARE)があり、大浴場はまちの銭湯。ホテルの食堂は、谷中でも評判の食堂やレストラン。土産物屋は商店街や路地に佇む雑貨屋。文化体験はまちの稽古教室やお寺で。まちを散策するためのレンタルサイクルは、自転車屋で借りることができる。

 ホテルのフロントがあるHAGISOは、1階にカフェとギャラリースペース。2階にホテルのフロントとショップ、事務所。1階のカフェは、宿泊客の朝食スペースだが、宿泊客以外の人も利用でき、地元の人や外国人観光客で終始にぎわっている。

 フロントには、谷中の地図と銭湯、食堂やレストランを記したガイドマップが置いてあり、宿泊客は銭湯の帰りにガイドマップ片手にまちを散策、気に入った食堂やレストランで食事をする。粋な商店街や風情のある路地を含めた谷中のまち全体を堪能する新しい宿泊体験が、外国人観光客を中心に人気となっているのだ。

 どうしてこのようなスタイルのホテルを始めたのだろうか。そこには、ちょっとした物語がある。

 HAGISOは、もともと1955年に建造された木造アパート「萩荘」だった。東京芸大の学生が住む風呂なし四畳半のアパート。現HAGISO代表の建築家・宮崎晃吉氏は、芸大在学中から萩荘の住人だった。

「2011年の東日本大震災をきっかけに、老朽化のために解体することになったのです。でも、学生時代に自由に改築させてもらい、アトリエ兼シェアハウスとして使っていたこのアパートへの愛着が強かった」と宮崎氏。

 そこで、解体に先立ち、大家さんへの最後のお願いとしてアートイベントを開催させてもらったという。ところが、ふたを開けてみれば「萩荘に集まっていた学生やアーティスト約20人が、アパート全体を使った最後のイベントを開催したところ、3週間で1500人もの方々が集まってくれた」(宮崎氏)という大盛況だった。

 これが大家さんの心を動かした。「イベントの集客を通じて、建物の意外なポテンシャルを示すことになった」と宮崎氏。それから、この物件を駐車場にした場合、新築した場合、そして現在のようなリノベーションを行った場合の事業計画を立て、それぞれの利回りを提示し、大家さんの正式な了承を得て萩荘は存続することになった。