「勝利・成功=幸せ」ではない
幸せがすべてに優先される

代表監督では味わえなかった<br />企業リーダーとしての苦悩<br />―岡田武史×藤沢久美 対談(1)

【岡田】監督のときには分からなかったこともある。現場にいるときは、「面白いサッカーをして勝てば文句ないだろう」と思っていた。それくらいの想いは必要で、サポーターやスポンサーのことばかり考えて、思い切ったことができない監督では困る。でも、経営者になって本当の意味でわかってきたのは、「サッカー」はピッチで成り立つけれど、「フットボール」はサポーターやスポンサーなしでは成り立たない、ということ。だから、いろんな人に感謝の気持ちが前よりずっと湧いてきましたね。

【藤沢】感謝の気持ちが湧いてきたというのは、興味深いです。

【岡田】バックオフィスやコーチたちと付き合うスタンスも変わってきたよ。原点として、「こいつらを幸せにしてやらなきゃ」ということを強く考えるようになったよね。
監督時代は、試合に勝つことがみなを幸せにすることだった。ところが、勝つことやビジネスが成功することは、必ずしもスタッフの幸せとイコールではないんだよな。

藤沢さんほどたくさんではないけれど、俺もすごい経営者の方とお会いする機会があって…。でも彼らを見ていると、会社が儲かって成長していても、従業員が幸せではない、ということは多々あるんだなってわかるんですよ。
会社の主語って何?会社が儲かって従業員を食べさせていれば成功なの?違うよね。従業員が生き生きしていて、かつ、会社が成長する…。そうでなければだめだよね、と。

従業員がストレスで病気になったりしながら、会社を成功させても意味がないよ。「従業員が幸せになること=成功」であり、試合に勝ったり、会社に利益が出たりしても、みんなが幸せでなくちゃ仕方ない。勝てばいい、じゃなくて、幸せになることが大事なんだって、発想が逆になったかな。

【藤沢】社員を幸せにする…。そう考えると、長期的な視点に立つことになりますね。

【岡田】そうなんだよね。今シーズンとか、今大会、ってわけにはいかない。
うちは優秀なスタッフが集まっていて、一人一人にいいところがあるから、いつも彼らを幸せにしたいと思っている。いまはまだ給料が安いから、内部留保を貯めこむ気はさらさらなくて、ちょっとでも給料を上げたい。

【藤沢】そんなふうに経営者が考えてくださるなら、スタッフの人もうれしいでしょうね。

【岡田】でも厳しいよ、俺。FC今治のホームスタジアムは2000人入ったら満杯なんだけど、俺たちは入場者数2200人を目指してる。
「目標達成のためにどんな工夫をしているの?」とスタッフに聞いたら、「告知はしています」とか言うんだ。それで俺は「それじゃだめだ!熱を伝えなくちゃ。ビラ配りに行こうぜ、頭下げに行こうぜ、車にポスター貼って走ろうぜ」って叱ったんです。それをやってもうまくいかないこともありますけど、こないだは2240人入った。

【藤沢】素晴らしいですね!

【岡田】スタジアムの雰囲気も最高だった。それが本当にうれしくてさ。スタッフ全員を家に呼んで、俺が手料理を振る舞ったんだよ。それで一人ひとりに「ありがとう」って言って、御礼を渡したんだ。すると、これがまた、みんな最高の顔をするわけですよ。「次も2200人入れましょう!」と言ってくれる。これは監督のときには味わえなかった想いですね。

【藤沢】監督をされていた頃は、「俺は絶対に選手とは食事をしたり飲みに行ったりはしない!」って仰っていましたもんね。

【岡田】そうそう。いつメンバーから外さなきゃいけないか分からないのに、一緒に酒なんか飲めない。監督っていうのは、私情を持ち込んではいけない仕事ですから。そういう意味では変わったね。

代表監督では味わえなかった<br />企業リーダーとしての苦悩<br />―岡田武史×藤沢久美 対談(1)