分析なくして
1600億の買収は行われなかった

次に、今回は買収という話ですから、買収先であるFTのリソース分析は当然行ったでしょう。彼らが持っている経営資源がどのくらいの価値を持つのか、あるいは模倣が難しいものなのかといった分析です。なお、図中に示したVRIOは、それぞれ経済価値、希少性、模倣困難性、組織の英語の頭文字をとったもので、多く該当するほどその経営資源の価値は上がります。

今回は新聞というビジネスの特性上、モノに関する分析よりも、ヒトやブランドに関する分析を慎重に行ったのではないかと想像されます。また、会計的な指標分析(収益性分析、効率性分析、安全性分析など)も当然行っているでしょう。

また、日経新聞が今回、他にどのような買収先候補を検討していたかは分かりませんが、もし他にも候補があったのであれば、そうした候補先企業についてもリソース分析や指標分析を行い、比較したものと推定されます。

次に、買収金額に関しても1600億円と巨額ですから、その妥当性についてはかなり突っ込んだ分析がされたことでしょう。

企業価値の評価方法には大きく3種類のものがありますが、経済を売りにする日本経済新聞社のことですから、図に示した中では、1番上と2番目の、ファイナンス的な発想をベースにした分析を行ったものと想像されます。

この時に重要なのは、単にFT単独の企業価値を求めるのではなく、日経新聞とのシナジーをどのくらい見込んで、付加的にいくらの経済的価値が新たに創出されるかを適切に推定することです。この見極め如何で「安い買い物」にもなりえますし、逆に「高値掴み」にもなりえます。

もちろん、そうしたシナジーを実現するだけのノウハウがあるか否かという意味で、日経新聞社自社の被買収企業のマネジメントノウハウの分析などもある程度は行われたことでしょう。

実際には、これらの分析を全関係者が納得するまで精緻に行うことは難しいものです。それでも案件の重要性に鑑みると、かなりの手間暇をかけてしっかり分析したことは想像に難くありません(もしそうでないとしたら、経済を売り物にする新聞社としては説得力を欠くことになってしまいます)。

分析力はビジネスパーソンの必須スキル

今回はかなり多数の分析を要する事例を紹介しましたが、意思決定が重要なものになればなるほど、こうした分析は必須のものとなります。正しい意思決定をする上でも、また、組織を巻き込む上でも、分析力はビジネスパーソンにとって非常に重要なスキルなのです。

とは言え、何事にも第一歩があります。まずは基本となるビジネスの分析ツールを知っておかないことには、何もスタートしません。6月に上梓した『グロービスMBAキーワード 図解 基本ビジネス分析ツール50』では、実際にビジネスシーンで多用される重要な分析ツールや手法を50個選び、分析例も交えて解説しています。今回ご紹介した分析ツールもそこで解説しています。是非ご参考にしていただければ幸いです。

次回以降は、今回紹介できなかった別の分析ツールについてご紹介していきます。