>>(上)より続く

 ネットは確かに便利だ。お金をかけずに多くの情報を発信することができる。だが、インターネットというものはユーザーが能動的に見に来ないと見てもらえないという欠点、いや、特徴がある。

 例えば、筆者はかつて維新の党の衆議院議員の事務所で政策秘書として働いていたが、そのブログやホームページのPVは、正直、筆者のプライベートのブログより少ない数字だった。

 選挙期間中においてさえ、候補者のブログやホームページは、皆さんが想像しているよりも、はるかに誰にも見てもらえていない。そして、PVが急上昇するのは投開票日の「翌日」である。つまり、「この候補者は当選したのかな?」と検索しており、投票の前に見る人はほとんどいない、ということになる。つまり、ネットで発信するのは自由だが、それが受信してもらえるかどうかはわからない。ちなみに、facebookなどでネット広告を打とうとすると、かなり高額なお金がかかる。

 ネットで発信しても見てもらえない理由は簡単で、「面白くないコンテンツ」をいかにネットにばらまいても、誰もクリックしないし、誰も読まないし、拡散もしない。投開票日の翌日にPVが上がるのは、翌日の新聞やテレビで当選者が紹介されるからだ。それでもなお、大したPV数にはならない。

 ネットの世界は想像以上に厳しい自由競争の世界だ。ネットで何かを発信すれば自動的に多くの人に読んでもらえるなんて思っていたら甘すぎる。それは、こうしてネットメディアで記事を書いている筆者は身に染みてよくわかっているつもりだ。

政党の公認さえ受ければ
カカシでも当選する!?

 ここまで、選挙活動のおかしなトリビアを紹介してきた。

 選挙に当選すべく、候補者たちは懸命に自分のことを知ってもらおうと、選挙カーで自分の名前を連呼したり、交差点でタスキをかけてペコペコお辞儀をしたり、駅前で名前と顔写真とキレイゴトばかりが並べ立てられたチラシを配布したり、誰も聞いてないのに大音量のマイクで演説したりするわけだが、これが逆に普通の人々からすれば「アホらしい」とシラけさせてしまう。この「知名度が高けりゃ当選する」という間違った思い込みが、アホな選挙制度が温存される根本原因である。