企業社会で増える「フリーライダーリスク」
コミュニケーション1つで誤解を招く時代

 フリーライダーの問題を考えるとき、切り離せないテーマに「コミュニケーション」がある。本人はフリーライドするつもりは毛頭なかったのに、必要なコミュニケーションが足りなかったばかりに誤解を招くというケースも多いからである。

 たとえば、拙著の中でも記載している、「ありがとう」というお礼を手伝ってくれた相手に伝えること。

 たったこれだけのことなのだが、その一言を言わなかったために、あたなは「成果・アイディア泥棒型」フリーライダーと思われる可能性がある。2~3回、そのような行為を繰り返せば、その評価は「確定」づけられるであろう。

 今回は、この「コミュニケーション」に関して、少し深く考えてみたいと思う。

コミュニケーションが「時代」を作り、
コミュニケーションに「人々が悩んだ」10年

 21世紀を迎えて、今年でちょうど10年となる。この10年を振り返って時代を切り取ってみると、そのキーワードの1つに「コミュニケーション」がある。

 インターネットが広く普及し、お年寄りから子どもまでが使うようになった。携帯電話も誰もが持つようになり、携帯1つでメールから音楽まで楽しめるようになった。ブログや「mixi」に代表されるようなソーシャルネットワークシステムを、人々が楽しむようになった。

 かつて一世を風靡した使い捨てカメラ『写ルンです』はデジカメに置き換わり、より手軽なコミュニケーションツールとして人々が使うようになった。最近では、街中でツイッターでつぶやき、iPhoneやiPadで情報のやりとりを行なう人々も珍しくなくなった。

 まさに、コミュニケーションを促すためのツールが、21世紀に入ってからのこの10年の技術を引っ張り、新しい付加価値商品やサービスの中心となった。