1990年代、アメリカの名門IBMは分割の危機にあった

 勝利と、その勝利の果実を享受することが異なるように、失敗と完全敗北とは異なります。一連の劇的な勝利によって、ハンニバルの前には千載一遇の新たなチャンスが出現していたにもかかわらず、彼はそれを手にする機会を失いました。

 逆にローマは、大敗北に絶望・混乱せず、失敗を完全敗北にしませんでした。かえって新たな勝利の原動力にさえしたのです。

 ベンチャー企業が一連の新製品、センセーショナルなアイデアやサービスで大きな話題を創り上げることがあります。しかしその後、多くの企業は最初の成功に満足して、まるで大企業のように振る舞い始め、時間と共に静かに消えていきます。

 注目を浴び、話題の企業になった最初の大勝利を活かすことなく、次の勝利を得ることにつなげなかったことが敗因です。一つのイノベーションに依存して歴史の長い大企業のように振る舞い、一つの優位点だけを守ろうとする、その保守的な姿勢が破滅を生み出すのです。
  
 一方で、失敗を完全敗北にしないためには、冷静で勇気ある判断ができるリーダーが不可欠です。1990年代、大型コンピューターの巨人だった名門企業IBMは、小型のPCが広く普及し始めて、一時は倒産寸前まで追い詰められます。

「IBMは倒産か分社化しか道はない」と盛んにメディアが報道する中で、巨大企業の立場を活かし、世界的なネットワーク構築力を全面に出して奇跡の復活を成し遂げたのは、新CEOに抜擢されたルイス・ガースナーの冷静な分析でした。

 ハンニバルは、数度の敗戦でローマが混乱と意気消沈に陥ることを期待しました。しかし、ローマの勇気と冷静なリーダーシップは健在であり、失敗を完全敗北とせず、新たな勝利に結びつけてみせたのです。

イノベーションは、連続させなければ大勝利に結びつかない

 世界的に著名なビジネス戦略家のゲイリー・ハメルは『経営の未来』で、次のように述べています。

「イノベーションはいつだって数の勝負であり、イノベーションをたくさん行えば行うほど、大きな見返りが得られる公算は高くなるのである」

「経営管理のブレークスルーは、どれほど大胆なものだろうと、どれほどうまく実行されようと、単独では長期にわたって競走上の配当をもたらしたりはしない」

 イノベーションは、成功した企業のライバルたちを、一時的に機能不全に陥らせます。古い方法が効果を発揮しなくなるからです。ハンニバルは独創的な戦闘法で、ローマ軍の方が軍勢は多かったにもかかわらず何度も勝利しました。ハンニバルは敵の意表を突き、ローマ軍を機能不全に陥らせたのです。

 一方でカンネーの劇的な大勝利のあと、ハンニバルは急にローマの分裂を待つ、持久的な作戦に切り替えています。多くの歴史家は、ローマを急襲してもカルタゴ軍は補給が続かなかったと指摘しています。しかし、ハンニバルが自ら手にした勝利を継続するためには、カンネーの勝利で得たポジションを活かしてローマを急襲し、敵を混乱と絶望に陥れ続けることが、やはり不可欠だったのです。