大量のデータの収集と分析によって顧客を知る。マーケティング分野でのビッグデータの活用に注目が集まっているが、派手さはなくとも、データ解析を確実にビジネスに生かす事例は多い。前回に続き、そんな企業や組織の取組みに学ぼう。(事例は2013年3月時点のものです)

カブドットコム証券

自社開発システムで相場が開く前に
注目銘柄と株価を予測

「“海洋掘削”の取引がすごいぞ。メタンハイドレートを掘るのは今日だったか?」

 3月12日火曜日、午前8時半過ぎ──。東京証券取引所の相場が開く30分前のことだ。東京・大手町のカブドットコム証券本社にあるスクリーンは、予想株価とともに「今日の注目銘柄は“日本海洋掘削”だ」と告げていた。

 実際にその日、資源エネルギー庁は、世界で初めて「燃える氷」と呼ばれる資源、メタンハイドレートから天然ガスの生産に成功したと公表。国内企業で唯一、掘削工事を請け負った海洋掘削専門会社、日本海洋掘削の株価はストップ高を記録。上場来高値の6480円で取引を終えた。

 メタンハイドレートの海底採取試験については、前週すでに「週明けにも」という報道があり、前日の3月11日から関連銘柄に注目が集まっていたところだったのだ。

 しかし、そんな事情を知らなくても、株式市場が開く前に、その日の注目銘柄が何か、そしてその予想株価までわかってしまう──。投資家にとって夢のような話だが、その夢を現実に近いものにしているのが、カブドットコム証券だ。

 それを実現したのが、「kabuステーション」という情報分析ツール。始値からの値上がり率や高値からの乖離率など、さまざまな分析結果がわかるが、相場が開く前に今日の市場を予測するという点で、特に重要な指標が二つある。

 そのうちの一つが株の「予想価格」だ。カブドットコム証券のシステム担当、中澤康至氏は「“予想価格”と呼んではいるが、正確には今この時点で算出した“未来の事実”」だと説明する。

 そのカラクリはこうだ。証券会社には午前8時の時点で「気配」と呼ばれる、最も高い買い注文の値段と、最も低い売り注文の値段の情報が入ってくる。

 東証では、午前9時の相場が開くタイミングで、「板寄せ」と呼ばれる作業をして、約4000銘柄について値付けをする。

 ところが、カブドットコム証券では東証の「板寄せ」を15秒に1回という頻度で再現し、「もし今相場が開いたとしたら、この株はいくらになるのか」を、リアルタイムで値付けし続けているのだ。このカブドットコム証券独自の“仮の値付け”を「予想価格」と呼んでいるわけだ。

 また、その「予想価格」が何回も動くということは、その日の市場で注目度の高い銘柄だということを意味する。この注目度指数、「予想価格上下回数」が、カブドットコム証券が算出している、もう一つの重要指標だ。この回数が多い順に銘柄を並べたランキングを見れば、注目銘柄を狙い撃ちすることが可能になるという。

「気配」の情報は、証券会社であれば手に入るため、特別なものではない。しかし、他の証券会社では入ってきた情報をそのまま流すだけで、カブドットコム証券のように値付けはしない。

 というのも、膨大な量の取引データがやって来る中、東証の「板寄せ」を再現しながら、リアルタイムで分析し続けるには、特別なノウハウと高度なシステム処理能力が必要だというのだ。

統計学を武器に事業を伸ばすデータ解析ビジネス最前線(2)カブドットコム証券本社にある6面ディスプレイ。左下の画面が日本海洋掘削の異常値を告げた。Photo by Takahisa Suzuki
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 相場が開く前の値付けができなければ、当然、「予想価格上下回数」を出すこともできない。「これらの数字を出せるのは、うちくらい」だと、カブドットコム証券は胸を張る。

 そんな自慢のkabuステーションだが、カブドットコム証券で株の取引をしている投資家は、タダで利用できるという。

「機関投資家レベルの分析を個人投資家も利用できる。これがあれば投資をしたくなるはず」。営業本部の荒木利夫副本部長も、絶対の自信をのぞかせる。

 情報分析は金融の世界で、投資家の夢すらも現実に近づけるツールとして活躍している。