経営×統計学

“思い込み”の政策が
「ゆとり世代」のような不平等をつくり出す

【特別対談】慶應義塾大学・中室牧子准教授(2)

本を読むと学力が向上するのか?
学力の高い生徒が本を読むのか?

西内 いま「因果関係」という言葉が出てきましたが、相関関係だけでなく因果関係まで求められるのも、ランダム化比較実験によるエビデンスの強みですよね。

西内啓(にしうち・ひろむ)東京大学医学部卒(生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバード
がん研究センター客員研究員を経て、2014年11月より株式会社データビークルを創業。自身のノウハウを活かしたデータ分析ツールの開発とコンサルティングに従事する。著書に『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

中室 そうですね。そもそも、因果関係を明らかにせずに、政策に反映するのは無理があります。例えば、読書量と学力の正の相関分析を示す分析はかなりありますが、「相関関係」は、かならずしも「因果関係」を意味しません。つまり「本を読むと学力が高くなる(読書→学力)」のか「学力が高い子どもが好んで本を読んでいる(学力→読書)」なのかはわからないということなのです。因果関係がはっきりしないと、有効な政策手段にはなりえません。

西内 「本を読めば学力が高くなる」というエビデンスが出たなら、「たくさん本を買おう」という結論になる。けれども、順序が逆だった場合、そんな政策を導入すると教育効果はまったく違うものになる、と。

中室 はい、もし因果関係が逆で、「学力が高い子が本を読んでいる(学力→読書)」のだとすると、図書代への公的助成政策は子どもの学力を上げるのではなく、むしろ学力格差を助長する政策と化してしまいます。

 ですから、因果関係が特定できていないと、政策として議論の対象には本来なり得ないはずなのですが、これまで日本の教育分野で行われてきた分析のほとんどは「相関分析」にとどまっています。

西内 因果関係どころか、相関関係にさえたどり着いていないものが多いですしね。「60%の人が35人学級に賛成」といった集計データを示すだけで、それを「因果関係だ」と平気で主張する。それは単なる「集計」ですよ。「35人学級はいいと思う」という、感想の世界ですね。

ランダム化比較実験が明らかにした
アフリカ、旧社会主義国での意外な教育事情

西内 「因果関係まで見える」ということで、最近ではアフリカの経済開発などでもランダム化比較実験を利用するようになってきています。例えば、広大な国土のどこに学校をつくるのがいいかをランダム化比較実験したり、というように。中室先生はもともと世界銀行にお勤めだったとのことで、このあたりもお詳しいのではないでしょうか?

中室 アフリカでは、学校給食の導入にさえ、ランダム化比較実験による検証を行っていますからね。一部の地域で、学校給食が出席率や学力に与える因果効果を確認し、その結果次第で他の地域に拡張するかどうかを決めるわけです。

西内 アフリカの教育問題のために色々なランダム化比較実験を行ってみたところ、「先生に監視カメラをつけること」という取り組みが大きな教育効果を生んだという話もありますね(笑)。

中室 教師に日時の記録されるカメラを渡して、1日の最初と最後に写真を撮らせたというランダム化比較試験もあります。いずれも教師の欠勤率は大きく下がり、子どもの学力テストのスコアも上昇しました。開発途上国の教育では、先生の欠勤は最も大きな問題の1つです。インドでは教師の欠勤率は25%以上といわれています。

西内 この話をすると、真面目な日本人からは「ええっ! 25%!?」と驚かれますが(笑)。つまり、iPadや電子黒板に投資したり高価な建物をつくるよりも、監視カメラの設置のほうが効果的だったということです。施策の効果はさまざまな状況によって違ってくるものなんですね。

中室 お金をかければかけるほど、教育効果が高くなるというのは間違いです。教育に投資をすればするほど、子どもの学力が下がっていく状況もあり得ます。

西内 「変わらない」ならまだしも、「下がっていく」?

中室 私は、世界銀行の欧州中央アジア局という部署で働いていたことがあるのですが、東ヨーロッパと中央アジアの旧社会主義国。地方政府、企業、学校も依然として、旧社会主義的なガバナンスのままというところが少なくありません。世銀が実施している「生活水準調査(Living Standard Measurement Study)という統計のなかで、人々に「良い仕事を得るために重要なことは何か」と尋ねた質問があります。人々はよい仕事を得るために「何が必要だ」と思っていると思いますか。

西内 うーん、何でしょう?

中室 個人的なつながり(personal connections)――すなわち家族や親せき、親しい友人に有力者がいることだ、と答えています。労働市場で、教育や健康などの人的資本の蓄積が正しく評価されないので、教育への投資のインセンティブが低くなるのです。

西内 ああ、なるほど。

中室 このようなケースで教育に投資をしても、子どもたちの学力や意欲が高まるような使われ方はされません。かえって汚職や内戦の原因になるなどして、子どもらの学力や意欲の低下が観察されたという国もありました。

西内 うーん、それはすごい。効果をきちんと測らないと投資した意味がなくなるという良い例ですね。

「経営×統計学」



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