新しいビジネスの扉が見える

 山下の度重なる地方出張は、彼が会社に直談判して増やしていることが、伝わってきた。そんな経費の使い方がいつまで持つのか、と鈴木は冷静に眺めていた。こんな時代だからこそ、これまで培ってきた、自分のお客さんとのつきあいを大切にしようと鈴木は考え、それなりの成果を出していた。

 やがて、半期ぶりに出された営業セクションでの各々の成績をみて、鈴木は愕然とした。スキャナーを机に置いてから、フロアではあまり姿をみかけなくなった山下は、いったい、いつ、どこで仕事をしていたのか、と思うような、抜群の営業成績を挙げていた。これだけの成績を挙げているのなら、どんな遠方への出張も思い通りにできるわけだ、と鈴木は納得した。

 「なあ、いったいどうやって、あんな成績をつくったんだ?」

 久しぶりに行きつけのバーのカウンターにふたりで並ぶと、鈴木は山下に聞いた。

 「デスクを片付けたからだよ」

 鈴木には半信半疑だった。

 「スキャンして、きれいさっぱり何もなくしてしまうと、そこは自分のデスクである必然性もなくなる。……言ったろ? そのかわり、パソコンとスマホがあれば、どんな場所でも自分の“デスク”になる。いつでも、どこでも仕事ができるようになるって」

 鈴木はうなずくしかなかった。確かに聞いた。

 「この半年は、あちこちに出張して、新しいお客さんとのつきあいが生まれた。何よりも嬉しかったのは、そうすることで、自分の“デスク”が日本中にひろがった、ということかな」

 山下がデスクにスキャナーを置くきっかけとなった“フリーアドレス”のデスク共有化は、ただの噂だったのか、その後、社内で話は聞かなくなった。だが、山下はそのことで、新しいビジネスの“扉”を開き、成績をぐんと伸ばした。もし明日からデスク共有化となっても、山下はもう何も困らない。

 鈴木はあいかわらず、自分のデスクに積み上がった書類の山を思い浮かべ、ため息をついた。それから、山下のようにスキャナーを買おう、と思った。まずは同じ土俵に上がらなければ勝負にならないのだから。