8700坪という桁違いな広さ

「こっちに来て見てみれば分かりますかね?」

 不動産屋さんは、その家の裏側に回り込んでさらに手招きし、夫は小走りに向かいました。家の西側にそびえ立つ大木の隣りに立った夫が、木々の切れ目から風景をぼおっと眺める姿が見え、わたしもこどもたちを連れて急ぎます。

「ここから見える一帯は、ほとんどこの物件の土地ですよ」

 これは……なんて素晴らしい……。

 風景を目にしたわたしは、息をのみました。失われた「秦野の物件」との出合い以来はじめて、そして土地探しをはじめてから二度目の、感動の瞬間でした。この家は小さな山の中腹にあり、眼下にはまるで「日本列島小さな旅」のタイトルバックのように完璧な、日本の田園風景が広がっていました。

 遠く下の方に見える県道まで続く、美しく整った田んぼ、畑、花畑。はるか彼方には小高く連なる山々のシルエットが空を縁取り、頭上にはゆったりと横切るトンビ、足元からは虫の声。

 ひたすらぼんやり佇むわたしたちに、土地の公図を手にした不動産屋さんがタイミングを見て話しかけてきました。

「この物件の範囲は見える限りじゃないんですよ。北の方にも広い田畑があって、山もあって、裏の竹藪もそうです」

 はっと我に返り公図を見せてもらうと、地目が「田」「畑」「宅地」、そして「山林」「原野」「墳墓地」とあります。墳墓ってなに?やっぱり農地がずいぶんあるぞ?と気になりつつも、ここがわたしたちの掲げている条件をほぼ網羅する土地であることが分かりました。

(1)広い、(2)平ら、(3)明るい、(4)見晴らしがよい、(5)ケータイ旗3本立つ。

 そしてこの広さにしてポルシェ価格。交渉次第では、(6)金銭的にクリアできる、かもしれない。圧倒的な広さに驚くけれど、実は購入実現性の高い土地かもしれない。で、もしここを手にしてしまったら、8700坪の、地主だ。

 こーんな素敵な景色をつくっている、このひろーいひろーい土地の、地主だ!……考えれば考えるほど興奮で血が湧きたち、わぁーいと叫びだしたくなるのです。しかしながら、すぐに歓喜の感情の暴走にブレーキがかかります。

(勘違いするな、今はただの見学者だ、まだ自分の土地じゃないぞ)
(本当に大丈夫か?問題はないのか?確かあっただろ?)

これまで痛い目にさんざんあってきたことで、ぬか喜びできない体質にちゃんと変わっていたようです。
それに引き換え、こどもたちの何とありのままなことよ。

「すげ~~!ひっろ~~~~~い!ヨーロヨーロヨッホッホーイヨッホッホーイヨッホッホー!」

 息子のニイニはハイジのつもりかペーターのつもりか、まだ二歳の妹ポチンを連れて草の上を走りまわります。やめなさいあなたたち、まだヨソサマの土地ですよと、追いかけるわたしなど見向きもしません。

「ここでいいよママー!ここにしよー!」

 こどもたちも週末ごとの土地探しに付き合ってきたためか、もういいよ、ここに根を下ろそうよというシグナルを発します。ありがとう、ごめんね、もうちょっとだからね、たぶん。