20年もの長きにわたって低迷を続ける日本経済を、気鋭の経済学者とともに検証する。第6回は、福田慎一・東京大学大学院経済学研究科教授に聞く。

リスク資産に向かわない1400兆円

福田慎一 東京大学大学院経済学研究科教授<br />日銀は物価目標を引き上げよ福田慎一(Shinichi Fukuda)
東京大学大学院経済学研究科教授 1960年生まれ。東京大学経済学部卒業、米イェール大学大学院博士課程修了。経済学博士。横浜国立大学助教授、一橋大学助教授、東京大学助教授を経て、2001年より現職。専門は金融論、マクロ経済学、国際金融。09年日本経済学会・石川賞受賞。主な著書に『マクロ経済学・入門』(共著、有斐閣、96年)。
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──日本経済の現状を、どうとらえているか。

 問題視しているのは、資金の流れである。日本の家計部門は1400兆円の個人資産を保有していながら、有効活用されていない。貯蓄の大半がリスクを回避し郵便貯金もしくは銀行セクターに流れ込んでいる。しかも、それが企業に貸し出されるわけではなく、ほとんどが国債の購入に回っている。

 政府セクターに期待する声もあるが、当然、民間に比べ相対的に非効率だ。そもそも財政赤字がこれほど膨張していなければ、資金はここに流入しない。

──家計資金はなぜリスク資産に向かわないのか。

 もともと公開市場が発達していた米国、英国だけでなく、ドイツやフランスでも1980年代から投資信託を中心に、「貯蓄から投資へ」の流れが強まった。これに対して日本では、個人資産の大半が銀行セクターに流れるという構図に大きな変化がないままだ。日本でも変化の兆しはあったが、結局は資産価格が暴落するなどして、大きな流れを作るに至らなかった。

 この9月、日本で初めてペイオフが発動されたが、1行当たり1000万円の預金と利息が守られたままである。大金持ちであっても分散さえ怠らなければ全額保護に等しい。米国では、1人当たりの保護総額が決まっているので、自然とリスク資産に資金が向かう。

 また、高齢化社会を迎えた日本では、金融資産がリスクを嫌いがちな高齢者に偏在している。これも、リスク資産に資金が回らない原因であろう。

──政府保証付きでしか、企業への融資に応じない銀行も増えた

 日本経済の成熟の一つの表れだろう。成長分野がある程度予測できた時代は、銀行も成長企業を見つけることは容易で、財務内容などをモニタリングしさえすれば潤沢な資金を供給できた。だが、今では余剰資金を抱える企業も現れるほどだ。

 むろん、潜在的可能性を秘め、成長資金を必要とする企業は今も存在する。ただ、銀行が融資するにはリスクが大き過ぎる。本来は公開市場がそこに資金を供給する使命を持つが、日本ではそのメカニズムが機能していない。

 成熟した経済でも、米国のように新しい産業が生まれる経済もある。伝統的ものづくりを完全否定するわけではないが、新興国の追い上げは激しく、新しい産業を生み出すイノベーション抜きに、持続的成長は不可能だ。