ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)では、日本の東北を訪れるフィールド・スタディ「ジャパンIXP(Immersion Experience Program)」を2012年より5年連続で開催しています。2014年にケース作成、15年にコンサルティングと、2年連続で本プログラムの参加学生を受け入れた、高級ニットメーカーの「気仙沼ニッティング」代表取締役社長の御手洗瑞子さんに当時の思い出をうかがいます。HBS生の言葉が編み手さんたちにとって最高のギフトになったという前編につづいて、この後編では、コンサルティングの受入先企業としてHBS生たちに戦略の狙いを伝える難しさや新たな気づきについて伺います。(構成:堀香織、写真:疋田千里)

「海外展開=規模拡大」の認識にズレ
西洋的な経営のセオリーとのギャップが浮き彫りに

御手洗瑞子(以下、御手洗) ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の学生が東北を訪れて学ぶジャパンIXPの活動の主軸が、2013~15年にかけてボランティアやケース作成からコンサルティングに移っていったのは、被災地の状況の変化に合わせてですか。

山崎繭加(以下、山崎) そうですね。最初の数年間、ボランティア活動の一環として、ほんの数時間ですけれど、HBSの学生がボランティア先について学び未来に向けた提案を行うということをやっていたんです。それがボランティア先で非常に喜ばれたので、被災地の起業家や事業会社についてもっと腰を据えて数日かけて学んだ上で、その戦略に関してHBSの学生がアドバイスをすれば、より直接的な貢献になるのではないかと思いました。あとは、HBSの一年生向けの「フィールド」という必修の授業でも学生が1週間で新興国の企業のコンサルティングを行うというプログラムをやっており、企業からの評判がすごく良かった。そういう実績も踏まえました。

 気仙沼ニッティングさんでは、2014年のケース作成につづき、2015年はコンサルティング先として引き受けていただいて、学生に「海外展開」について考えてもらったと記憶しています。どんな点が印象に残っていますか。

気仙沼ニッティングが海外市場をめざす真の意味を<br />ハーバードの学生が理解するまでの紆余曲折御手洗瑞子(みたらい・たまこ)さんプロフィル/1985年東京生まれ。東京大学経済学部卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より1年間ブータン政府に初代首相フェローとして勤め、産業育成に従事。帰国後の2012年に宮城県気仙沼市にて、高品質の手編みセーターやカーディガンを届ける「気仙沼ニッティング」の事業を立ち上げ、2013年に法人化して代表取締役に就任。著書に『ブータン、これでいいのだ』(新潮社)『気仙沼ニッティング物語』(新潮社)がある。好きなものは、温泉と日なたとおいしい和食。

御手洗 そうですね、来ていただいたことは純粋に嬉しかったのですが、双方にとって難しい面もありました。

 というのも、私たちにとって「海外展開」というのは、規模の拡大を目指してのことではないんです。でも、HBSの学生さんは、「海外展開」は「規模拡大」のための手段であろう、という先入観がありました。受入初日に「規模を目指すのではないなら、海外に出る必要はないのでは?」「国内にまだマーケットがありますよね?」と言われまして。

 逆に、そういう彼らの質問を受け、「あぁ、欧米的な大企業の経営を見慣れている人は、こういう発想になるんだな」ということに改めて気づかされました。みんなが、気仙沼ニッティングのような会社を見てその経営を直感的に理解してくれるわけではない。だとすると、私たちのコミュニケーションに工夫が必要になります。勉強になりました。

山崎 確か「バングラデシュで安く作って売ればいい」というような意見も出ていましたよね(苦笑)?

御手洗 そうなんです。たぶん3日間でアウトプットを出そうという焦りもあったのでしょうし、彼らがうちの会社について十分に学ぶ時間を取れなかったのでしょう。良く理解しないままに意見を言うと、こちらの考えとはズレが生まれます。それでは、なかなか相手企業の役にはたたない。でも、せっかくならHBSの学生さんたちにも「私たちは東北に行って役に立った」と思って帰ってほしい。それで悩んで、プログラム初日の夜に繭加さんに相談しました。

山崎 そうでした。なかなか難しい話なんですが……、ただ「もともと持っている考えでアドバイスしようとしたら、ぜんぜん受け入れてもらえなかった」というのも、彼らにとっては大きな学びだったと思うんです。

御手洗 そうだといいですね。

 彼らに対しては、最初から世界市場まで見据える理由について「本質的な価値を持つものは、ユニバーサルに認められるはず。私たちは、そういうものをつくりたい」という話をしました。日本だけでしか通じないものをつくるのではなく、広い世界でも素晴らしいと思われるものを最初から目指さないといけないと思うから、そういう意味で自分たちの身をさらしてテストしていきたいと。

山崎 なるほど、よくわかります。