製紙業界には世にも不思議なマジックが存在する。ある製紙業界の熟練技術者がタネを明かしたそのマジックを披露しよう。

 紙を製造する工程では、立ち上げや切り替え時に発生する品質が不十分な紙や、裁断くず紙などの「工場内損紙」が大量に発生する。通常、損紙は同じ工場内で原料として使われる。印刷工場や製本工場で発生した損紙と違い、製紙工場の損紙は、限りなくバージンパルプに近いものだ。そのため経済産業省(当時は通商産業省)は1991年に通達を出し、損紙は古紙に入れないとした。

 だが損紙をいったん同じ企業グループの古紙会社に売却し、すぐに買い戻したとしよう。モノを動かさない伝票上だけの操作だ。不思議なことに、これで損紙は古紙に生まれ変わる。製紙会社は古紙比率がより高い製品を求められてきただけに、このマジックで損紙を古紙に変えられると都合がいい。

 経産省の通達によれば、工場内損紙で「商品として出荷されずに」原材料として再利用されたものは古紙ではないとしている。逆をいえば、商品として一度出荷してしまえば、損紙は古紙になる。

 とはいえ、さすがに伝票の操作だけでは気が引ける。そこで同じ会社の他工場に売却するようになった。一部の製紙会社がこうした手法を頻繁に活用していたという。トラック輸送がムダであるが、古紙比率引き上げが優先されたのだ。

 こうした手法が考えられたのは再生紙のニーズが高まってきた90年代と見られる。

 その後、再生紙の人気が高まるなかでコストがかかるこの手法はすたれて、単純に古紙配合率を偽装するようになった。こうした歴史はどの製紙会社の再生紙偽装報告書にも載っていない。

 現在、日本製紙連合会は再生紙の定義について議論を重ねているが、損紙の扱いについては厳格に定義づけられておらず、ここで触れたような手法がひっそりと復活する可能性がある。

 また、古紙パルプ配合率を計算する際には損紙を除くことになっている。古紙パルプ70%、損紙30%で製造した紙も「古紙パルプ100%」と表示されるという、一般人の感覚とはズレた奇妙な計算方法が採用されそうだ。

 今回の再生紙偽装問題では、製紙業界にユーザーの視点が欠けていることが明らかになった。損紙の取り扱いについても、もう少しユーザーの視点を取り込むことが必要だろう。

(『週刊ダイヤモンド』編集部 野口達也)