緊迫するエジプト情勢は、世界経済の新たな不安材料だ。混乱が中東各国に拡大すれば、エジプト進出企業のみならず、日本経済全体も甚大な影響を免れない。事態はどこに向かうのか。カギを握る米国はどう出るのか。エジプトの政治運動に詳しいスタンフォード大学のジョエル・ベイニン教授に聞いた。
(聞き手/ジャーナリスト、瀧口範子)

――エジプトの反政府デモは、予想以上に大きな波及力を示した。原動力になったのは、本当に若者だったのか?

もしもムスリム同胞団がエジプトを掌握したら…<br />反政府デモの真相とムバラク後の中東和平ジョエル・ベイニン
(Joel Beinin)
スタンフォード大学歴史学部教授。プリンストン大学卒業後、ハーバード大学で修士号、ミシガン大学で博士号を取得。1983年より現職。エジプト、イスラエル、パレスティナ史が専門で、エジプトやイスラエルでの調査・研究も多く、ことにエジプトの労働運動、政治運動に詳しい。
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  カイロのタハリール広場での大衆デモがあれだけ大きく広がったのは、偶然の産物だ。エジプトの経済環境はひどく、最低賃金の引き上げを訴える労働者の運動が10年以上続いている。こうした労働組織や政治アクティビストらのグループは、それぞれは小規模なものだが、今回は顔見知り同士が呼びかけ合うといったような方法でネットワークが結びつき、効果的なデモになった。

  フェイスブックやツイッターの影響力も喧伝されているようだが、それらがデモを組織したわけではない。私が聞いたかぎりでは、口コミや車のガラスに貼られたチラシなどを見てデモを知り、参加した人々がほとんどだ。実に古い方法だ。

――1月25日から始まったデモは、28日になって急に大規模化したが、その性格も変わったのか。

  当初参加していたのは1万人ほどで、1700万人のカイロの人口と比べると大したものではなかった。とはいえ、従来のデモの規模を超えていたのは事実だ。これまで反政府運動が起こると、いつも秘密警察が出動して運動家を拘束したり、女性運動家らに暴行をふるったりしてきたため、人々は恐怖心からデモに参加するのをためらってきた。

 だが、今回はやはり政権転覆をもたらしたチュニジアでの反政府デモの成功が呼び水となった。自分たちにも独裁者を追放できるという希望が、人々を広場に向かわせたのだろう。そしてその広がりを見て、穏健派イスラム原理主義組織のムスリム同胞団やノーベル平和賞受賞者で国際原子力機関(IAEA)前事務局長のエルバラダイ氏らも正式にデモ支持を表明した。