第51回コラム(ソニー編)では拙著『財務諸表読解入門』を引用して、「実務に役立たぬ理論を学ばされる恐怖」というものを紹介した。今回は視点を変えて、「理論を学ばずに取り組む実務の恐怖」というものを紹介しよう。別の表現をするならば、「似非(えせ)管理会計システム」に踊らされる人々がはまり込む「鉛筆なめなめ実務の世界」である。

 今回取り上げるのは、電子部品業界のみならず、産業界全体でも優等生の呼び声が高い日本電産だ。「スマートフォン銘柄の筆頭」ともいわれる。そこで今回は、決算短信の表紙の一番下で開示される「連結業績予想」(以下「業績予想」と略す)を利用して、その裏に隠された「声」に聞き耳を立ててみよう。

 経営分析などで最も期待されるのは、「その企業は将来、どの方向へ進むのか」にある。過去の実績を分析しているだけでは、将来の成長軌道を描くことはできない。そのための業績予想である。

 しかし、いきなり「日本電産の2011年3月期には、増収『減』益の懸念がある」とか、「10年3月期は弱気の予想だったのに、11年3月期は一転して強気の予想に転じている」と述べたところで、読者にはチンプンカンの話だろう。

 なにごとも、急いてはコトを仕損じる。その諺(ことわざ)にならい、最初に過去の実績を分析することから始めて、本コラムの最後で、日本電産が開示している「業績予想の方向性」を検証していくことにする。東日本大震災から1週間しか経過しておらず(筆者の知り合いでも被災した人が多かった)、不確定要素が強くなっている点については予めご容赦願いたい。

業績予想に実績が
ピタリと当てはまるのは重要ではない

 くれぐれも注意しておくが、今回のコラムは、10年12月期の時点に立って、2011年3月期に係る「業績予想の方向性」を、企業がどう捉えているのかを確かめることにある。「業績予想の確度」を占おうというのではない。もし、「確度」を期待しているのであれば、それは本コラムの主旨ではない。

 11年3月期の実績値が、当初の予測値を上回って着地するものなのかどうか、それとも下回って着地するものなのかどうか、企業業績の方向性(ベクトル)を読むことのほうが重要だと筆者は考えている。

 例えば、為替相場はなぜ、円高へ進むのか。現時点でドルを売って円を買う人が多いから円高になる、と考えるのは誤りだ。正解は、明日になればドルを売る人はもっと増えるだろう、というその方向性(ベクトル)が、今日の為替相場を円高へ進めるのだ。クルーグマン『ミクロ経済学』76ページでは、これを「期待の変化」と呼んでいる。

 今回、日本電産を取り上げるのは、別に同社の実績や予想を、あげつらおうというのではない。むしろ、筆者1人で制作している原価計算ソフト「原価計算工房Ver.6.0」を使ってウォッチングしている上場企業約400社のうち、説得力ある解析結果を豊富に提供してくれた企業だ。超優良企業は、ひと味違う。他社では解析結果が不安定すぎて、こうはいかない。

 メディアなどでは、企業業績は総じてリーマン・ショック(08年9月)前の状況まで回復した、と報じている。しかし、経営基盤が盤石と評される日本電産でさえ、以降で紹介するように、あと一歩の感がある。他社ではいまだ「一歩前進、二歩後退」といったところなのである。