江戸という時代は、明治近代政権によって「全否定」された。
私たちは学校の教科書で、「明治の文明開化により日本の近代化が始まった」と教えられてきたが、はたして本当にそうなのか?
ベストセラー『明治維新という過ち』が話題の原田伊織氏は、これまで「明治維新とは民族としての過ちではなかったか」と問いかけてきた。
そして、今回さらに踏み込み、「2020年東京オリンピック以降のグランドデザインは江戸にある」と断言する。
『三流の維新 一流の江戸』が「プレジデント」書評でも取り上げられた著者に、「間違いだらけのビゴーの正体」についてはじめて聞いた。

フランス人画家ジョルジュ・ビゴーは<br />「反日家」ではなかった!

間違いだらけのビゴーの正体

原田伊織(Iori Harada)
作家。クリエイティブ・プロデューサー。JADMA(日本通信販売協会)設立に参加したマーケティングの専門家でもある。株式会社Jプロジェクト代表取締役。1946(昭和21)年、京都生まれ。近江・浅井領内佐和山城下で幼少期を過ごし、彦根藩藩校弘道館の流れをくむ高校を経て大阪外国語大学卒。主な著書に『明治維新という過ち〈改訂増補版〉』『官賊と幕臣たち』『原田伊織の晴耕雨読な日々』『夏が逝く瞬間〈新装版〉』(以上、毎日ワンズ)、『大西郷という虚像』(悟空出版)など

 廃仏毀釈という我が国固有の文化を嬉々として自ら破壊する「維新人」の様(さま)を見て一番驚き、失望或いは怒りを覚えたのは、維新人が無条件に憧れ、尊敬した当の「文明開化人」、即ち、西洋人であった。

 前にベルツの怒りを含んだ忠告に触れたが、廃仏毀釈に代表される自国の文化破壊を怒ったのは、勿論ベルツだけではない。

 フランス人画家ジョルジュ・ビゴーもその一人である。

 学校教科書でビゴーの絵を見た読者は多いことであろうが、このフランス人画家については、彼が居留民の外国人を主たる顧客としていたことや、貧相な日本人像を描いたことで“反日家”と捉える向きも多い。

 しかし、それは全く間違っている。

 士族の娘を妻に迎えたこの画家は、新興上流階級の日本人は辛辣な風刺画の対象としたが、庶民の伝統的な日々の生活スタイルには共感を抱き、敬意を払っていた。

 彼が批判したのは新政府の皮相的ともいえる上っ面の欧化主義であったことは明白である。
 特に、彼にとって当時の日本女性は、江戸情緒を保ったままの、彼の求めてやまなかった日本的なるものを具現している存在であったのだ。

 ビゴーはいう。
「日本で一番いいもの、それは女性だ」
「せっかく日本の女性に生まれたのだから、日本の女性のままでいて欲しい」

 さて平成の日本女性は、このビゴーの願いを何と聞くか。