天然資源が乏しい国だからこそ、人的資源が唯一の財産と認識し、国民皆教育を実現。社会的団結と民主化を進めていった。

奇跡を遂げたモーリシャスの三つの注目点ジョセフ・E・スティグリッツ
(Joseph E. Stiglitz)
2001年ノーベル経済学賞受賞。1943年米国インディアナ州生まれ。イェール大学教授、スタンフォード大学教授、クリントン元大統領の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミスト等を歴任。現在はコロンビア大学教授。

 すべての国民に大学までの教育を無料で提供するとともに、学童には交通手段を提供し、さらにすべての国民に心臓手術を含む医療を無料で提供している小国の話を耳にしたら、皆さんは、その国はケタはずれにカネ持ちか財政危機に突き進んでいるかのどちらかだろうと思われるかもしれない。

 なにしろ、ヨーロッパの豊かな国々が大学教育の費用を賄えないことに気づいて、若者とその家族に費用負担を求めるようになっているのである。アメリカはというと、この国はすべての国民に無料で大学教育を提供しようとしたことなど一度もないし、自国の貧しい人びとの医療へのアクセスを保障するためにさえ厳しい戦いを経なければならなかった。しかも、その保障すら、共和党はアメリカにはその余裕はないと主張して、廃止を目指して現在、熱心に活動している。

 だが、アフリカ東岸沖の小さな島国、モーリシャスは、格別、豊かでもなければ財政破綻に向かっているわけでもない。にもかかわらず、過去数十年のあいだに多様性のある経済と民主的な政治システム、それに強力な社会的セーフティネットを見事に築いてきたのである。多くの国がこの国の経験から学ぶことができるはずだ。とりわけアメリカはそうだ。

 先頃人口1300万人のこの熱帯の列島を訪れたとき、モーリシャスが成し遂げた飛躍的進歩のいくつかを目にする機会があった。これらの成果のなかには、アメリカなどで行われている論争を考えると当惑するようなものがある。たとえば持ち家率。アメリカの保守派は、政府が持ち家率を70%に引き上げようとしたことが金融崩壊の一因になったと主張しているが、モーリシャスの持ち家率は87%で、しかもそれによって住宅バブルがあおられてはいない。