この記事は、実話をベースとした日本初の「そうじ小説」である『なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?』の【第1話】を、全5回に分けて、公開するものです(【その1】はこちら)。

【 5 】

 老人と話をしたその日、事務所に着くなり、圭介は「作業場のそうじ」を始めた。いつも始業時間の30分前には出社しているが、仕事に取り掛かる前に新聞を読んだり、みんなでコーヒーを飲んだりして過ごしていた。

 それが、今日に限って圭介がホウキとチリトリを持ってそうじを始めたので、次々と出勤してくる部下が異様な目で見た。

 やはりというか、草野正平がからかってきた。

「あれ~、リーダー、どうしたんですか。朝から熱でも出たんですか」
「いや、別に…。ちょっと汚れているのが気になって、そうじしているだけだよ…」

 老人の言った「拾った人だけがわかる」「1つ拾う者は、大切な何かを1つ拾っている」という2つの言葉が気になって仕方がなかった。だったら、これはもう「自分で実験して経験」するしかない。証明するしかない。部下たちにさんざん冷やかされて、顔がまた赤くなった。それでも、

「まぁ、ちょっと放っておいてくれよ。別に『一緒にそうじしよう』なんて言わないから。ちょっとな、気が向いただけさ」

 それだけ言って、作業場の隅々までなめるようにキレイにした。

 社長の言葉が蘇った。

「とにかくだなぁ。キレイにすると、すごく気持ちがいいんだよ!」

 あの時はバカバカしく思えたが、こうして自分1人で職場をそうじしてみて、こみ上げてくる感覚に、「苦笑い」するしかなかった。

(うん。これは、たしかに、キレイにすると、すごく気持ちがいい!)

 しかし、圭介の答えはまだ見つかっていなかった。社長に以前質問した、「そうじをすると、売上が上がるのか?」と、老人に質問した「そうじをすると得なことがあるのか?」これが未解決のままだからだ。

 翌朝も、また翌朝も、圭介は作業場のそうじをした。そうじをしてキレイな1日をすごしてしまうと、そうじをしないで汚れたままでいるのが気持ち悪い。まるで「歯磨き」のようだ。一度キレイな感覚を味わってしまうと、汚れたままの感覚が気持ち悪い。

 そうこうしているうちに、そうじをするのが圭介の日課になってしまった。そして、ときおり、ブツブツと「念仏みたいな言葉」を唱えていた。「1つ拾うと、大切な何かを1つ拾っている」。