4月はサラリーマンにとって人事異動の季節である。栄転、抜擢、意にそぐわない異動もあるし、期待していた異動がなかった場合もある。読者諸兄はいかがであったか。

 前回のコラムでは、本社が策定した戦略をトップダウンで実行するのではなく、「人材マネジメント型企業変革リーダー」が、組織メンバーの人材価値・人間行動に働きかけ、それぞれが直面する環境への適応を促し、その結果、事後的に戦略が浮かび上がってくる「創発的戦略」について解説した。

人事異動がパフォーマンスに
結び付くメカニズムとは

 このとき、人材マネジメント型企業変革リーダーによるメンバーへの働きかけの方策の一つが、役割と人材のマッチングの組み換え、すなわち「異動」である。それでは異動がパフォーマンスに結び付くメカニズムは、どのようなものか。

 これまで労働経済学では、異動とパフォーマンスを結ぶ原理は「知的熟練」という考え方によって説明されてきた。知的熟練とは変化と異常が起こった時の原因推察力と対応力のことである。たとえ工程管理がゆきとどいた工場であっても、職場の作業は決して普段の作業で尽きはしない。頻繁に変化と異常が起こっている。

 異常事態にあって「その場のその人」(the man on the spot)が、生産ラインを長く止めることなく治具や工具を変え、微修正を行い、うまく対応できるかどうかで効率は大きく変わる。時と場所の特殊事情に根ざして分散している情報を、集中あるいは統合的に処理することができないのなら、直接の作業者である「その場のその人」が現場情報(変化と異常)を処理したほうが効率的なのである。

 このように考えると、キャリア形成は前後工程を幅広く経験することが合理的となる。というのは後工程で発見された異常の原因は、前工程で生じているケースが多いから、前後両方の工程の経験を積むことで、原因の推察力が高まるからである。したがって、とりわけ日本企業に特徴的なのであるが、知的熟練を形成するために生産労働者には幅広いOJTが施されてきた。幅広いOJTとは一人の労働者が自分の職場の主な持ち場を経験し、ときにその経験がとなりの職場に及ぶことをいう。