ギリシャの債務不履行は不可避だろう。だが無秩序に陥る必要はない。EUには、まだ「プランB」が残されている、と世界的に著名な投資家、ジョージ・ソロス氏は説く。

ジョージ・ソロス 寄稿<br />「欧州にはプランBが必要だ――ギリシャ債務不履行は不可避でも無秩序は避けられる」ジョージ・ソロス(George Soros)
ソロスファンドマネジメント会長 著名な投資家であると同時に、東欧改革に取り組む慈善家、政治運動家でもある。オープンソサエティ・インスティチュート会長。Photo:REUTER/AFLO

 欧州連合はカール・ポパーが「漸進的社会工学(piecemeal social engineering)」と呼んだ手法によって誕生した。「ヨーロッパ合衆国」構想に刺激を受けた先見の明ある一群の政治家たちは、この理想を達成するには漸進的なアプローチしかないと認識した。

 限定的な目標を設定し、それを実現するために必要な政治的意思を呼び覚まし、各国が政治的に許容できる程度の主権放棄を求めるような条約を締結していく、という方法である。こうして、戦後の石炭鉄鋼共同体は欧州連合(EU)へと一歩ずつ変貌していった――その一歩が不完全なものであり、当然のようにさらなる一歩が必要になることを理解しつつ。

 EUの創案者らは、EU誕生に必要な政治的意思を生み出すために、第二次世界大戦の記憶、ソ連による脅威、統合強化による経済的恩恵を足がかりとした。そのプロセスは成功を糧にさらに強化され、ソ連が崩壊すると、東西ドイツ統一の展望がさらに強い追い風となった。

 ドイツは欧州統合のさらなる拡大という文脈のもとでなければ東西統一は不可能だと認識しており、その代償を担おうという意欲を持っていた。ドイツ国民が統合のメリットを少し積み増しして対立する国益を宥和しやすくしたおかげで、欧州統合プロセスはマーストリヒト条約の締結とユーロ導入という頂点を迎えるに至った。

 だが、ユーロは不完全な通貨だった。通貨ユーロにとって中央銀行は存在したが、中枢となる財務省は存在しなかった。ユーロ制度の設計者らはこの欠陥に十分気づいてはいたものの、必要が生じれば、次の一歩を踏み出すための政治的意思が高まるものと信じていた。

 しかし、そうはならなかった。ユーロには、設計者らが気づいていなかった別の欠陥があったからだ。彼らは「金融市場は自らの行き過ぎを修正できる」という誤解のもとで働いていたため、公的部門の行き過ぎを抑制することだけを意図したルールが作られた。そしてこの点についても、主権国家による「自己検閲」にあまりにも依存しすぎた。

 もっとも、行き過ぎが生じたのは主として民間部門だった。欧州各国の金利が収斂していくことで、実体経済の乖離が進んだ。弱小国では金利の低下で住宅バブルが膨らんだのに対し、欧州最強の経済を誇るドイツは、統合コスト負担のために財政緊縮を強いられた。一方、金融部門では、不健全な金融商品と劣悪な融資慣行が蔓延していった。

 東西ドイツの統一の完了により統合プロセスを支えていた最大の勢いは失われ、金融危機により分裂のプロセスが始まった。決定的な瞬間が訪れたのはリーマン・ブラザーズ破綻の後である。各国当局は、これ以上、システム上重要な金融機関を破綻させることはないと保証しなければならなかった。ドイツのアンジェラ・メルケル首相は、EU共同保証は行うべきではなく、各国が、自国の金融機関について保証しなければならないと主張した。これが今日のユーロ危機の根本的な原因である。