デザイン・コンサルティング会社のIDEOは、これまで多種多様なイノベーション・プロジェクトを成功に導いてきた。その成功の秘密こそ、本稿で解説する「デザイン思考」である。

これは、エジソンが電球だけでなく、電力システムを発明し、また「孤高の天才」による個人技ではなく、異分野の協働で開発に当たったように、人間の視点で考え、試行錯誤を繰り返しながら全体最適解を追求し、学際的コラボレーションからイノベーションを創造するアプローチである。

それゆえ同社の仕事は、いわゆる製品デザインにとどまらない。カイザー・パーマネンテとのプロセス・イノベーション、バンク・オブ・アメリカとのサービス経験のイノベーションなど、目に見えない無形物までもその対象である。IDEOを率いるティム・ブラウンみずからがその方法論を説く。

エジソンこそデザイン思考の持ち主

 トーマス A. エジソンは、白熱電球を発明し、ここから1つの産業を築き上げた。それゆえ多くの人たちが、エジソンの代表的な発明として、まず電球を挙げる。しかし、電球が電球として機能するには電力システムが不可欠である。このシステムがなければ、電球は1種の見世物にすぎない。この点を理解していたからこそ、エジソンは必要なシステム全体を創出したのである。

ティム・ブラウン
Tim Brown
カリフォルニア州パロアルトに本拠を置き、イノベーションとデザインの世界的なコンサルティング会社IDEOのCEO兼社長。多数の賞を獲得しているデザイナーでもある。その作品は、ニューヨーク近代美術館(MOMA)、東京にあるアクシスギャラリー、およびロンドンにあるデザイン・ミュージアムに展示されている。

 したがって、エジソンが天才たるゆえんは、個々の発明品だけでなく、完全に発達した市場までも思い描ける想像力にあった。彼は、人々が自分の発明品をどのように使いたいと思うのかを想像できたからこそ、これを実現しえたのである。とはいえ、いつも彼が思い描いたとおりだったわけではない。たとえば蓄音機は、エジソンによれば、主に口述を録音・再生する事務機として利用されるはずだった。

 彼はユーザーのニーズや嗜好を必ず検討した。エジソンのアプローチは、イノベーション活動の全領域にわたって、人間中心のデザインの真髄を吹き込むアプローチ、いわゆる「デザイン思考」の初期の例といえる。