官の肥大化が、円高対策として打ち出された巨額基金創設の陰で、密かにしかし着実に進行している。

 8月下旬、野田佳彦財務相(当時)は加速する円高に歯止めをかけるため、外国為替資金特別会計(外為特会)にある外貨準備のドル資金を流用して、1000億ドル(約7.6兆円)規模の基金を設立すると発表した。早ければ9月中にもスタートすると見られる。

 ドル資金は、国際協力銀行(JBIC)を通じて日本企業に低利で融資され、海外企業のM&Aや資源エネルギー権益の獲得を後押しする。1年間の時限措置だが、返済は複数年にまたがり、案件によって異なるという。

 基金を呼び水にして、民間企業が海外ビジネスを加速させれば、巨額の円売り・ドル買い需要が生まれ、過度の円高が是正されるという触れ込みである。

 政府は円安誘導と日本経済の競争力アップという一石二鳥を目論むが、「手詰まり感から出た苦肉の策で、円高対策の効果は期待薄」というのが市場関係者の最大公約数だ。そのうえ、この基金は裏を返せば、政府が対応に苦慮している「産業の空洞化」を税金で後押しする矛盾を内包しているともいえる。

 弊害はほかにもある。JBICの焼け太りだ。

 2008年10月、政府系金融機関の再編の一環として、JBICは日本政策金融公庫へと吸収され、業務の幅は制限された。しかし、直前に起こったリーマンショックが歯車を逆回転させる。

 JBIC関係者は「民間金融が機能不全に陥ったリーマンショックをチャンスととらえ、融資案件をまとめて政策金融の必要性をアピールした」と打ち明ける。

 実際、彼らの思惑どおりに事は進み、政府肝いりのインフラ輸出を官民一体で加速させる狙いもあって、今年2月にはJBICの分離、独立が閣議決定した。

 JBICの投融資額は約1兆円(10年度)。基金によってさらに最大7.6兆円の融資枠が設定されるというのだから、JBICがさらなる勢力拡大に向けて融資の上乗せを図るのは必至である。

 産業界はJBICの動きを歓迎する。大手商社幹部は「政府の支援を受けて、資源やインフラ案件を獲得する国家資本主義が世界的に幅をきかせる時代にあり、日本でもJBICなどの政策金融の重要性が高まっている」と説明する。

 そのため関係者のあいだでは、肥大化論議をタブー視する雰囲気すらあり、この幹部は「JBICが焼け太りしているのは間違いないが、それを口にしたら業界から干されますよ」と声を潜める。

 政策金融のテコ入れが必要なのは事実だろう。しかし、M&Aや権益投資にはリスクがつきまとう。その資金が焦げつけば、安易な融資で1兆円を超す不良債権を抱えて廃止に追い込まれた石油公団の二の舞いとなりかねない。肥大化に目を光らせ、融資案件を監視する枠組みも不可欠だろう。

(「週刊ダイヤモンド」編集部 山口圭介)

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