「安全第一」というポリシーに基づき、自主的に準備してきたリコール計画が、発表前に新聞にスクープされてしまったことで、ベビー・カー大手のマクラーレンは突然、窮地に立たされた。監督官庁の指導に忠実に従おうとしたのが裏目に出て、対応はすべて後手に回った。フォロー体制が間に合わず、組織構造上の問題、広報活動のまずさなども重なった。その結果、震源地のアメリカだけでなく、ヨーロッパ、カナダ、日本など他の国々にもダメージが広がっていった。

こうしたマクラーレンの体験は、けっして対岸の火事ではない。想定しておくべきことを「想定外」としていないか。問題が起きたら、どのような事後処理が可能か。一国で起こった事件が瞬時に世界に波及していく環境下で、自社の組織運営やコミュニケーション体制は大丈夫か。渦中での体験をどのように今後の糧としていくか。そこには、多くの企業にとっての課題や問いが含まれている。

自発的なリコール計画がすっぱ抜かれた

 私は多くのCEOたちと同じように、自社の名前が新聞やニュースに出たら、それをeメールで日々知らせてもらうサービスに加入している。

ファルザド・ラステガー
Farzad Rastegar
マクラーレンUSAのCEO。

 2009年11月9日、月曜日の朝、私の目に最初に飛び込んできた見出しは「マクラーレンのベビー・カーがリコール(回収・無償修理)に」というものだった。

 『ニューヨーク・デイリー・ニューズ』紙に掲載されたその記事には、私が2001年以降率いてきたマクラーレンUSAが、12人の子どもが指をけがしたことを受けて、ベビー・カー100万台を回収すると書かれていた。リコールに関する情報は本当だった。しかし、まさかその日に新聞で読むことになるとは思ってもいなかった。

 我々は、アメリカ消費者製品安全委員会(CPSC: consumer product safety commission)が定めたガイドラインに従って、11月10日に同じ趣旨の声明文を発表する計画を立てていた。ところが、どうしたものか、予定より早く情報が外に漏れたのだ。しかもその内容は、私の目には不公平で不正確なものだった。

 マクラーレンは、欠陥のあるベビー・カーを市場から回収せよ、と命令されたわけではない。自社の2つのモデルで、主にベビー・カーの側面のヒンジ(蝶番(ちょうつがい))に子どもの指がひっかかった、はさまった、あざになった、切り傷ができたという報告が増えていたので、自主的に対応することにしたのだ。

 なかには、裂傷や指の末端部切断という報告もあった。しかし、このような事故が起きたのはアメリカに限られ、関係するのは2モデルだけだった。また事故は、乳幼児がベビー・カーに乗っている時ではなく、世話をしている人が、ベビー・カーに手が届くほど近くに子どもがいることに気づかずに、折りたたみのベビー・カーを広げた時に起こっていた。

 我々はCPSCと一緒に数カ月かけて、利用者にその危険性に気づいてもらい、我々の全モデル(事故とは無関係のモデルも含む)向けに危険防止用ヒンジ・カバーを用意して希望者に配布する計画を進めてきた。それが適切な対応であることは間違いなかった。

 ところが記事には、そのような背景はいっさい触れられていなかった。また、市販されているほぼすべてのベビー・カーに、同じようなヒンジが使われているという説明もなかった。