プロローグ

 

 アメリカ合衆国大統領、リチャード・アンダーソンは椅子から立ち上がって、窓の外を眺めた。 芝生には、昨日降った雪がまだ残っている。

 大統領執務室は、ほどよい暖房が入っている。しかし、ここホワイトハウスからさほど遠くないワシントン記念塔広場では、凍てつく中に数千人の民衆が集まり、アメリカ政府の経済政策に対して抗議集会を行なっているのだ。

 たしかに問題は山積している。

 増え続ける財政赤字、決め手に欠ける雇用対策、泥沼化する中東情勢、混迷する外交……。もう何年も前からヨーロッパで吹き荒れている経済危機。それがいつ、我が国にも飛び火するか分からない。いや、すでに影響は受けている。

 すべてが政府のせいではないと、大統領は自分に言い聞かせた。たしかに11月の失業率は6パーセント台に上がった。そして、今月はさらに上がるだろう。しかし、この数値もヨーロッパ諸国に比べてはまだ低い方だ。

 頼みの綱はアジアだが、それもかげりが見え始めている。もしこのまま減速状態に入ったら……。

 だが、国民には世界は見えない。ワシントン記念塔広場に集まっている民衆には、世界情勢などどうでもいいのだ。ここアメリカの現状しか頭にない。

 もう、自国以外に足を引っ張られるのは我慢ならない。

 しかし――、もう一度、手に持った書類に目を向けた。