三軒茶屋と下高井戸を結ぶ東急世田谷線は、その名の通り起点と終点を1つの区内に持つ都内のローカル線である。全線の距離、約5キロ。かつて区内を縦横に結んでいた通称「玉電」 。玉川電車の中で唯一生き残った支線として、現在も沿線住民の貴重な足である。そして2両連結のミニ電車が走り抜ける沿線には、世田谷の今昔を様々に見せてくれる数々の風景が待ちうけている。

 一駅ごとに変わる世田谷の街の風景都内に残る路面電車の生き残りとして都電荒川線と共に「チンチン電車」の愛称を持つ東急世田谷線。全長5.1キロ、8つの駅を全て停車しても起点から終点までを16分で結ぶ、小さな小さな鉄道である。

ミニ電車ながらも
便利この上ない住民の足

 しかしこの小ぶりな2両編成の電車は、沿線住民に極めて評価の高い日常の足であり続けている。三軒茶屋で東急新玉川線、下高井戸で京王線、山下で小田急線と乗り換え駅を持つ路線は、便利この上ない住民の足なのである。専用軌道を持つ複線の電車は、街から街へのスムースな移動を可能にしてくれる。よく比較される江の電同様に、見かけよりははるかに利便性の高い交通機関である。そして沿線の風景もまた、街や人の暮らしを見ることに興味を持つ人を楽しませる。

 世田谷線の沿線は、区の縮図ともいえる街々を、一駅ごとに少しずつ表情を変えて展開させているのである。若者の街、三軒茶屋から始まって、徐々に落ちついた大人の街へ。ショッピングタウンから住宅街へ。庶民的な街から高級住宅地へ。世田谷線からの眺めは、徐々に変わっていく。そして両端に商業地区を抱える沿線は、そのほぼ真中に中世の古都の名残も抱えているのである。各駅に降りて足を延ばす余裕があれば、こうした風情に触れることができる。

 三軒茶屋に降りれば、夜も途切れることのない若者たちを見ることができる。西太子堂では城西地区にありながら、下町的な情緒を感じさせる庶民の街並がある。上町、宮の坂では古くからのしっとりとした家並みを眺めることになる。

 山下から松原、下高井戸までは、整然とした住宅地の中に、どこかしら武蔵野の情景が含まれてくる。沿線5キロの中にある街々は、それぞれに違った趣があり、車窓の中でその光景は移り変わっていく。

吉良家が治めた街

 世田谷の「古都」から住宅街・商業地にもともと世田谷線の通う一帯は、古くから栄えた場所である。その名残が、街々の表情が違う理由でもあるのだ。沿線を眺める楽しさを補足するために、少々歴史をひもといてみよう。