注目の戦略コンセプト、「リバース・イノベーション」の入門編の連載第5回。前回に続き、同コンセプトの源流が流れるGEヘルスケア・ジャパンの執行役員技術本部長の星野和哉氏と『リバース・イノベーション』日本語版の解説を執筆した慶應義塾大学ビジネス・スクールの小林喜一郎氏の対談です。リバース・イノベーションの結果、生み出されたビジネスは日本国内ではどんな成果となって結実しているのか、これからGEのイノベーションの最先端はどうなっていくのか、掘り下げていきます(構成/渡部典子)。

リバース・イノベーションに起源をもつ
携帯型医療機器が東日本大震災の現場で活躍

Vscan

小林 新聞等で、東日本大震災の際に、ゼネラル・エレクトリック(GE)の携帯型の医療機器が役立ったという話を知りました。これは本に出てきた小型超音波診断装置「Vscan」のことだろうと思ったのですが、こうした緊急時に役立つ携帯型の機器は日本でもかなり普及しているのでしょうか。

星野 GEは他の企業と同様、さまざまな形で被災地への支援を行いましたが、なかでも一番活用されたのが、Vscanと言えると思います。活用された要因の一つは、このVscanという超音波診断装置が、日本では震災前から広く使われていたという背景があります。

 Vscanは、世界の中でも日本が一番売れていて、世界全体の販売台数の3割強を占めています。日本での用途の代表例が在宅医療の現場で、病院に通うのが困難な高齢者の往診によく使われていました。こうした背景があったところに大震災が起こり、医師がVscanを持って避難所を回りました。

 避難所暮らしの方々は運動量が落ちて、エコノミークラス症候群にもなりやすいため、足の血管に血栓ができていないかを手軽に調べられると、好評でした。また、避難先でお腹の赤ちゃんの状態に不安を覚えている妊婦さんには、Vscanの画像で元気な赤ちゃんの様子を実際に見せてあげることができ、とても安心してもらえたという話も聞いています。

小林 リバース・イノベーションの場合、新興国で生まれたイノベーションが先進国に跳ね返ってきます。先進国で低価格の超音波診断装置がまず救急車やERで受け入れられたように、本来は装備したいけれど金銭的・物理的に手が出ないという、ゴビンダラジャンの言う「今日の取り残された市場」にまずチャンスがあります。

 次に時間差があって「明日の主流市場」へとそれが移行する可能性、即ち先進国での更なる技術改良により、従来品と競争できるレベルにまで性能を向上させた製品が出てくる場合がある、と彼らは指摘しています。

 Vscanが登場する前には、中国で生まれた低価格の小型超音波診断装置があったと聞いています。この装置に技術改良を加えることで、日本をはじめとする先進国で今使われているVscanにつながっていった、ということなのでしょうか。

リバース・イノベーションは、<br />日本でどのような成果が出ていますか?<br />【対談後編:GEヘルスケア星野和哉×小林喜一郎】星野和哉(ほしの・かずや)
GEヘルスケア・ジャパン株式会社 執行役員 技術本部長。東京工業大学大学院修士課程修了。1981年4月横河電機製作所株式会社(現横河電機)入社。1982年4月横河メディカルシステム株式会社(現GEヘルスケア・ジャパン)設立にあわせて同社に移籍。GE Corporate Research Centerへの出向、MR技術部長などを経て、2005年より現職。

星野 そうですね。技術改良というレベルよりは、さらにもう少しジャンプがあったと認識しています。私たちは必要に応じて世の中の技術進歩をうまく取り入れながら開発を進める方針をとっており、このVscanでは身体に当てて、超音波の送受信を行うプローブ(探触子)は自社技術ですが、本体の情報処理系については、スマートフォンなどで採用されている汎用部品を組み合わせています。

 このように自社のコア技術と世の中の汎用品をうまく融合させたことで、Vscanはポケットサイズでありながら広範な臨床用途を持つという、単なる改良を超えた一段上の飛躍につながったといえます。

 たしかに中国で生まれたものがベースにはあるのですが、コンソール型から、ラップトップ型、携帯型へという超音波診断装置の進化を見ると、形状や技術面だけでなく、使われ方にしても、まったく別のものと言っていいでしょう。

小林 在宅医療の話が出てきましたが、日本は世界の中でも群を抜いた高齢化社会になりつつあります。それに対応した製品開発では、日本が先行しているのでしょうか。

星野 日本は特に応用分野の開発で先行しています。基本となる開発は日本を始め各国で行われていますが、マーケティングや用途開発、市場開発では日本が一番進んでいます。超音波診断装置を例にとると、初代Vscanを使っていくなかで、日本で新たなニーズが見つかり、それを次期バージョンに反映させてもらうように、他国の開発チームに要望を出しました。そのように、協力して取り組んでいます。

 MRI(磁気共鳴断層撮影装置)やCT(コンピュータ断層撮影装置)でも、高齢の患者さんに特有な医療ニーズに特化した製品開発を進めています。たとえば、MRIやCTは通常、あおむけに横たわって撮影しますが、背中や腰が曲がっていて仰向けに寝られない、あるいは膝が悪くて高い台に乗れないといった患者さんの声を集め、私たちに何ができるかを考え、開発アイデアへとつなげようとしています。実際この春には、高齢者に配慮しデザインされたシルバーCTを発売しました。