リバース・イノベーション』は、2012年9月の発売以来、日本国内でもベストセラーとなり、ひとにぎりの人の知識でしかなかったこの戦略コンセプトは、さまざまな形で紹介されたことで(たとえば、Chikirinの日記での紹介記事は大きな反響を呼びました)、多くの人に知られるようになりました。

では、日本や世界のリバース・イノベーションのその後はどうなっているのでしょうか。

新興国の状況や日本企業の動きについて、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のシニア・パートナー&マネージング・ディレクターの太田直樹氏と『リバース・イノベーション』日本語版の解説を執筆した慶應義塾大学大学院教授の小林喜一郎氏の対談を、前・後編にわたって掲載します(構成/渡部典子、撮影/矢島幸紀)。

存在感を強める
新興国のチャレンジャー企業100社

小林:たとえば最近、中国の家電メーカーのハイアール、ICTソリューションのファーウェイなど、ゴビンダラジャンの言う「新興国の巨人」が日本にも結構進出してきています。太田さんは新興国の状況について、いろいろと見聞きされていると伺っています。新興国のローカル企業の中で、当初は価格競争力が強みで品質はそこそこかもしれませんが、グローバル企業として今後は伸びていきそうなところはありますか。

名前も知らない超巨大な新興国企業が続々出現。<br />そのとき日本企業はどうする?<br />【対談前編:BCG太田直樹×小林喜一郎】太田直樹(おおた・なおき)
ボストン コンサルティング グループ(BCG)シニア・パートナー&マネージング・ディレクター。東京大学文学部卒業。ロンドン大学経営学修士(MBA)。モニターカンパニーを経て現在に至る。BCGフェロー。BCGテクノロジー・メディア・テレコミュニケーション・プラクティスのアジア・パシフィック地域リーダー。BCGソーシャルインパクト(社会貢献)ネットワークのコアメンバー。

太田:弊社では毎年、新興国のチャレンジャーといえる企業100社を調査しています。今年の発表を見ると、100社の売上げの平均はなんと2兆円を超え、驚くことにS&P500社の売上平均を抜いてしまいました(日本で2兆円企業といえば、キリン、コマツ、リコーといった有名企業がその近辺の売上げになります)。

 調査を始めた2006年には7000~8000億円でしたから、これは急速で大きな変化です。規模的にグローバル企業と遜色のないレベルの新興国の企業が今後、新しいプロダクトやサービスを出してグローバルを席巻する例は数多く出てくるのではないでしょうか。

 100社の構成も変化しています。6年前は中国企業が半分近くだったのが、今は3割しかありません。国は17カ国に広がり、それぞれ文化も宗教も違います。

 日本企業は、そういった巨大な新興国企業を強く意識しなければなりません。私は、極端な急成長を遂げる新興国企業のスピードに付き合っていける人材を中堅レベルで増やしていくべきだと考えています。

小林:その話で思い浮かぶことがあります。一昨年前から、ハーバード・ビジネス・スクールがカリキュラムを変更し、学生を主として南米・中国・インドを含む新興国に送り込む方針をとったと聞いています。ここまで大きなカリキュラムの変更をしてまでフィールドスタディを重視するのは、机上で例えばインドのケースを勉強しても、それだけでは分かりかねる世界があると認識したからでしょう。

 ローカルでゼロから始める「リバース・イノベーション」は、頭ではなく現地で、それも身体で覚えていかなくてはいけません。全学生を送り出すことにはリスクもありますが、今後の魅力を考えると、絶対に取り組まなくてはならないという姿勢が見えてきますね。

太田:確かに、肌感覚を持つことは大事です。私もあるビジネス・スクールで講座を持っているのですが、社会人の受講生にこの100社のリストを見せると、半分近くの人が何らかの取引があると言うのです。これは5年前とは大きな違いです。業務提携やモノの売買などで苦労しつつも、新興国企業との付き合い方を経験している日本人ビジネスパーソンが中堅クラスでは増えてきている。むしろ、トップ・マネジメント層にこのリストを見せたほうが、認識率は低いかもしれません。トップの理解が浅いことは、日本企業の課題かもしれません。

 新興国に行くと、日本企業の部長や事業部長クラスで面白い方がたくさんいらっしゃるのですが、本社では往々にして変わり種と見られたり、トップが認知していないせいで、なかなか出世しないのはすごくもったいないことだと思いますね。

名前も知らない超巨大な新興国企業が続々出現。<br />そのとき日本企業はどうする?<br />【対談前編:BCG太田直樹×小林喜一郎】