組織はよく、オーケストラにたとえられる。かの有名な経営学者のピーター・ドラッカー氏も、知識を基盤とする企業によく似た組織の1つにオーケストラを挙げている。

 一般に、オーケストラと聞いてすぐに思い浮かぶのは指揮者だろう。しかし、ものの本によれば、19世紀半ばまでは作曲家が自ら楽団を指揮することが多く、指揮者という職業は存在していなかった。それまで何世紀もの間、オーケストラは指揮者なしでも十分に機能していたはずなのだ。

 観客からは指揮者が絶対的なリーダーのように見えたとしても、演奏家たちの目にはまったく違う光景が映っていることもある。だとすれば、本当にオーケストラに欠かせないのはいったい誰か?

 調べてみると、これが意外にもコントラバス奏者だという説が有力なのである。

高さ約2メートル、重さ約10キロ
「弾く」と同じく「持ち歩く」のも大変

 コントラバスと聞いて、「はて、どんな楽器だっただろうか?」と首を傾げる方もいるかも知れない。見た目が“バイオリンのお化け”のような、あのやたらと大きな楽器ですと言えば、思い出していただけるだろうか。

 立てれば、2メートル近く。重さは約10キログラムもある。大人ならば持てないことはないが、持ち運ぶにはちょっとした体力と注意力を必要とする。

 奏者にとっては、それを「弾く」と同じように「持ち歩くこと」も大変神経を使う作業のようで、『うまくなろう!コントラバス』(永島義男著、音楽之友社)には、その演奏の仕方とともに、次のような「楽器の運び方」までもが懇切かつ丁寧に、写真付きで紹介されている。

<専用のソフトケースで運ぶ場合は、肩にしっかりとストラップをかけ(左右どちら側でも良い)、エンドピンは必ず全部ひっこめた状態で、地面につかないようストラップの長さを調節してください>

<せまい所を通る時や、階段には細心の注意が必要です。また、下にばかり気を取られていると、ドアを通る時等に上をぶつけてしまうことがよくあります>

 そんな話をコントラバス奏者の遠藤柊一郎さん(43歳)にぶつけると、「そう、そう、若い時はそれで随分と苦労をしました」と、何やら感慨深げな様子。東京フィルハーモニー交響楽団に所属する傍ら、大学の講師やフリーランスとしても活躍している、プロの音楽家である。

 とっさに、筆者の頭に浮かんだ質問はこれであった。

「つかぬことではありますが、コントラバスを持ったまま、電車の自動改札機を通れるものでしょうか?」

 案の定、「それはもう、ぎりっぎりです」と、遠藤さんが「ぎりっぎり」を強調する。