「手段の時代」から「目的の時代」へ――はじまった目的工学の取り組みをさまざまな形で紹介する連載。『利益や売上げばかり考える人は、なぜ失敗してしまうのかーードラッカー、松下幸之助、稲盛和夫からサンデル、ユヌスまでが説く成功法則』が発売され、目的工学の考え方が少しずつ広がってきている。
目的工学をテーマに、前・後編に渡って産業革新機構の執行役員、西口尚宏氏と目的工学研究所所長の紺野登氏の対談をお届けする。前編では現代のモノ作りにおける「目的」の重要性について語っていただいた。(構成/曲沼美恵)

大企業の中の埋没した知恵・アイディア・人材を
どうすれば活かしていけるのか?

紺野 今回このような本を書こうと思ったきっかけの1つに、西口さんとご一緒した経済産業省の「フロンティア人材研究会」での議論がありました。そこで、何度も日本企業における「目的の喪失」が問題であるという認識をお話したかと思います。西口さんも、同じようなことを強く感じられたご経験があると伺いましたが。

なぜ日本の組織ではイノベーションが生まれにくいのか?<br />根本的な考え方に問題がありそうだ。<br />――対談:西口尚宏×紺野登(前編)西口尚宏(にしぐち・なおひろ) 
株式会社産業革新機構 執行役員MD 日本長期信用銀行、世界銀行グループ人事局(ワシントンDC)、マーサー社のグローバルM&Aコンサルティングのアジア太平洋地域代表(ワールドワイドパートナー)等を経て、2009年11月より現職。在米8年のビジネス経験を有する。経済産業省 フロンティア人材研究会委員。文部科学省 科学技術・学術審議会人材委員会委員。M&A研究会(内閣府経済社会総合研究所)、M&Aフォーラム、地域経営研究会委員等歴任。上智大学経済学部卒、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院卒(MBA)。著書に『M&Aを成功させる組織人事マネジメント』(日本経済新聞出版社)『人事デューデリジュンスの実務』(中央経済社)がある。

西口 フロンティア人材研究会を運営する中で、ベンチャー企業や大企業の皆さんと議論する機会が随分とありました。そのなかで、いわゆる著名企業(外資含む)に勤める30歳前後の若者たちとの出会いに大いに刺激を受けました。

 彼らは、平日は現職の仕事をバリバリとこなしているのですが、週末は途上国の課題をビジネスとして解決する活動を行っており、年休も現地でプロジェクトを運営するために使っているのですね。

 素晴らしいアイデアや試作品に触れる中で、「このエネルギーを社内では使えないの?」と水を向けたところ、目の前の定型業務をこなすことでしか評価されない、と皆さんが口ぐちに語るのです。あきらかに、組織運営の考え方が「おかしい」と感じました。

 イノベーションを前面に掲げてビジネスをしている会社が、やる気とアイデアと行動力のあるイノベーション人材を全く活用できていないとすれば、それは経営の怠慢ではないか。

 イノベーションという目的に向けて、社内のリソースを活用するという最低限のことも出来ていないのではないか?というのが私の強烈な問題意識でした。

紺野 今の事例はまさしく、手段はあるけれども目的が見えない典型例だと思います。よく言われることですが、日本には優れた技術がたくさんあるがゆえに「技術さえ良ければきっとうまくいく」という期待も大きくなる傾向があります。

 しかし、技術というのはどんなに優れていても、それ自体は目的を持っていません。技術に目的を与えるのは人間であって、目的は社会が抱える課題、あるいは顧客のニーズといったところからしか生まれてこない。なのに、そこがどうも理解されていない気がします。

西口 大企業の方たちと話をすると、事業のネタやアイディアはたくさん抱えておられる。しかし、そういうアイディアがなかなか事業化されない現実もある。これはいったいどういう理由からなのか、というところから研究会の議論もスタートしたかと思います。

紺野 あの時は確か、イノベーションを加速させるような人材を早急に育成しなければならないという認識で一致したかと思います。しかし、「なりすましイノベーター」や「オレオレイノベーター」を排除していかなければ、本当の意味でのイノベーションは起きませんね、という話もあったかと思います。

西口 おっしゃる通りです。研究会では平成23年12月から1月にかけて、一部・二部上場企業の代表者を対象に「新事業創造と人材の育成・活用に関するアンケート調査」(引用元資料)を実施しました。その中で、「新事業創造を牽引する人材にとって、重要だと思われる能力や素養は何ですか?」という質問をしたところ、多くの経営者が「推進力」「構想力」「挑戦心」を挙げました。

 しかし、そうした能力に秀でた人材の中には、アイディアだけは豊富だけれどもそれを実現化することに興味がない「なりすましイノベーター」や、単に自分が目立ちたいだけの「オレオレイノベーター」も少なからず含まれています。じつは、こうした人材はイノベーションを加速するのではなく、阻害してしまうケースが多いのです。

紺野 一方で、数字が低かったのは「捨てる力」「質問力」「自己管理力」「利他精神」といった項目です。じつは、私たちの間ではこちらの要素こそがイノベーションには重要だろう、という共通理解がありました。中でも重要だと考えていた「利他的精神」と答えた割合が全体の0.4%しかなかったのは、とても衝撃的でした。