米当局の果敢な政策発動によって「金融問題は最悪期を過ぎた」かの安堵が広がった。しかし資金市場の麻痺が示すように信用不安は根底で続いている。FRBが半年後に利上げするかの市場の織り込みは、それまでの弱気ポジションの巻き戻しとはいえ、行き過ぎであろう。米経済・金融部門の調整が年内に片づくことはない。FRBは当面政策金利を2%に据え置く公算ながら、減税による景気下支え効果が剥落する年末から来年初めに再利下げに向かうと見る。

経常収支とドルに対する騰落率 為替市場では、多額の経常赤字を抱える債務国通貨のドルが、実質金利マイナスの状態で持続的な上昇軌道に戻るとは考えられない(特に債権国通貨の円に対して)。ただし今年後半、米景気の悪化が猶予されるあいだに、欧州など他の主要国経済が減速して利下げに向かうと、対ドルで大幅に割高なユーロ、英ポンド、カナダドル、ニュージーランドドル、豪ドルは下落する可能性がある。円は、ドル安とその他通貨安という「二重の円高リスク」を受けて、対ドル95前後、対ユーロ150割れに向かうと予想している(右のグラフ参照)

 今年1~3月の金融危機下の通貨市場を振り返り、次のリスクのありかを確認しよう。この時期は世界的にマネーの動きが鈍り、経常赤字を計上する債務国の通貨が劣勢になりやすい。右図で、主要国通貨の経常収支と通貨の対ドル騰落率を並べると、対外収支ポジションが良好な国ほど通貨が強くなりがちなことがわかる。

 ニュージーランド、豪州は商品高が対外赤字ゆえの通貨の弱さをカバーしてきたが、商品価格が調整に転じれば脆さを露呈しよう。通貨が割高な英国は赤字、カナダは黒字から赤字に転じ、昨年暮れからの利下げ過程で、苦境の米ドルより売られた。ユーロがそろそろこれらに追随する恐れがある。黒字国の日本やスイスは、それまでの低金利で割安だった通貨が大きく上伸。スウェーデンやノルウェーはすでに高かったぶん、この場面での上昇幅は控えめだった。

 一方、新興国通貨は、経済的離陸や資源高の恩恵を背景に総じて堅調を保っている。しかし対外赤字を抱え、その赤字が拡大、通貨が割高、景気が悪化、インフレ高進で利上げの負担が目立つといった国から、通貨は脆弱化しやすい。

 すでにアイスランド、南アフリカ、トルコで通貨は急落した。通貨を割安に管理し、経常黒字を蓄えてきたアジア通貨の多くは今後も底堅そうだ。中南米や東欧は、対外収支面では強そうではないが、為替の自由変動制を採用している通貨は買われやすかった。先進国の低迷がさらに続くと、これらのうち対外収支見通しが悪いところから脆弱化しやすいと推察される。

(通貨ストラテジスト 田中泰輔)