大学の学舎として思い浮かべられるのは、どのような建造物だろうか?

戦前に設立された大学では、設立当初の建造物が残存している場合もあるけれども、戦後に設立された大学・戦後に新規建造された学舎の多くでは、昭和50年代まで「教室・実験室・研究室が問題なく配置できる」以上のことは考えられていないのが通例であった。きっと読者の多くの方もそんな大学の姿をイメージしているだろう。

しかし近年では、教授から学生までが垣根なく研究を行えるフロア設計や、立場を超えて集えるカフェのようなスペースを備える学舎も増えている。そんな理想的な研究棟を持つ大学の1つが東京大学だ。

そこで今回は、平成7年(1995年)に建築が開始された、東京大学・数理科学研究科棟の物語を紹介したい。「東大はお金持ちだから、建てられたんでしょ?」と思う方もいるかもしれない。実際には、どのような人々の、どのような思いによって建造され、どのように運用されているのだろうか?

「東大はお金持ちだから」
節電しないのか?

「東大はお金持ち」だから理想の研究ができるのか東大・数理棟エントランス付近。ドアの上、写真中央に見えるガラス張りの区画が図書室。窓際には机があり、キャンパスの美しい風景を眺めながら文献を読むことができる
Photo by Yoshiko Miwa

 さまざまな場面で、「東大はお金持ちだから、あんなことができるんだ」という声を聞く。東大発の優れた研究が大きな評価を受けたとき。東大が新しい研究施設を作った時、東大教員が大規模研究予算の対象となったとき。あるいは、障害のあるたった1人の新入生のために、いくつもの建物がバリアフリー化されたとき。

 私は「東大はお金持ち」を否定しない。日本の大学の中では、かなり資金面で恵まれた状況にあることは間違いない。資金面で恵まれているという状況が、さまざまな優位につながっていることも間違いない。けれども「東大はお金持ち」は、直接「だから、あんなことができる」につながっているのだろうか?

 2010年12月、低く垂れこめた雲が重苦しい午後、私は東京大学・数理科学研究科棟(東京都目黒区駒場・以下、東大・数理棟)を初めて訪れた。2011年1月に日本数学会「ジャーナリスト・イン・レジデンス(JIR)」プログラムで3週間の滞在を行う予定となっていたため、挨拶に行き、棟内・滞在する居室などに関する案内を受けたのであった。

 同じ東大駒場キャンパス内にある東京大学駒場図書館には、過去、何度も訪れたことがあった。この駒場キャンパスには教養学部があり、東大の入学生全員が2年次までの教養教育を受ける。このため、東大駒場図書館には、ほとんどの学問分野にわたる入門書がある。また、その分野で定評ある専門書も配架されている。私は「煮詰まる」ことがあったら、東大駒場図書館を訪れることにしていた。