「国際原材料に対する需要の急増および原料品市況急騰の背景には、国際通貨体制の動揺に伴う国際的規模での換物心理が大きく影響していた面があることも見逃せない」。これは1972~73年の世界的なインフレに関する『日本銀行百年史』の記述である。

 現在の資源・穀物高にもドルの信認の揺らぎが影響している。サブプライム問題勃発後、米当局はドル安を事実上黙認し続けた。その結果、投資資金がドル建て金融資産から資源・穀物市場へシフトする動きが活発化した。それは米国のインフレ率やインフレ期待を押し上げてしまった。

 さすがにそれに危機感を抱いたポールソン財務長官やバーナンキFRB議長は、ドル安を食い止めるべく、牽制発言をしている。ポールソン氏は為替市場介入の可能性を排除しないとまで言って、ドル安阻止の意思を表している。

 ところで、米当局はドル買い介入を実際どの程度実施できるのだろうか? ドル買い介入を行なうには外貨が必要だ。しかし、米当局はユーロ310億ドル相当、円181億ドル相当しか持っていない。SDR(特別引出権)97億ドルを加えても介入原資は心もとない。

 海外当局との為替スワップを使えば、外貨を一時的に入手できる。実際、60~70年代に米当局はそれを行なった。しかし、FRBの資料によれば、「借り物の外貨」による当時の介入は迫力に欠けたようだ。海外当局の事情でスワップが継続できないこともあった。

 そこで米財務省は、外貨を入手するため78年11月から「カーターボンド」という外貨建て米国債をドイツ、スイスで計65億ドル発行した。「カーターボンド現代版」を発行すれば、ドル買い介入可能額は増加する。しかし、有力FedウオッチャーであるWrightson ICAPのルー・クランドル氏は、そこまでの覚悟は米政府にはいまだないだろうと見ている。

 米当局が保有している金を売却して外貨を入手するという手もある。5月末時点で、市場価値は2000億ドル以上もある。現代は金本位制ではない。しかし、米当局が金を大量に売却することから生じる心理的な悪影響は、為替市場におけるドル買い介入の効果を相殺してしまうかもしれないと、クランドル氏は指摘する。

 結局、当面はドル買い介入が大規模に実施される可能性は低いように思われる。効果的なタイミングと効果的な演出(協調介入)をアレンジしなければ、介入効果は生まれにくい。このため米当局は、ドル安懸念やインフレ懸念を発して、市場を牽制するスタンスをしばらく続けると思われる。

(東短リサーチ取締役 加藤 出)