万年赤字会社はなぜ10カ月で生まれ変わったのか? 実話をもとにした迫真のストーリー 『黒字化せよ! 出向社長最後の勝負』の出版を記念して、プロローグと第1章を順次公開。役員目前だった沢井は、ある日突然、出向を命じられる。出向先は万年赤字の問題企業。沢井に突き付けられた課題は重い――。(連載第1回目はこちら)

プロローグ(後編)
――出向前夜

 三日後の金曜日の午後、沢井は会社から少し離れた喫茶店で、これから自分の片腕となる経理部次長の藤村宏と会っていた。藤村のほうから電話で会いたいと言ってきたのである。

「すみません、お忙しいところを……。場合が場合ですから、社内はもちろん会社の近くではまずいと思ったものですから」
 藤村は声をひそめて言い、頭を下げた。長身で、細長い顔に黒ぶちの眼鏡。紺のスーツ。手堅い経理マンで、安心して台所を任すことができる人物として定評があった。

「いや、いや。内示早々だから、お互いにいろいろ気を遣わないとね」
「はい、私は昨日秋川専務から内示を受けまして……」
「ああ、よろしく頼みます」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 藤村は沢井といっしょに仕事をしたことはない。20年近く昔のことだが、会社がいちじるしい業績悪化に陥ったとき、責任をとって引退した経営者からバトンを受けて就任した前社長が、社員の40%に及ぶ人員削減を実施して、縮小均衡をはかってから再建に乗り出した。その再建の基本にしたのが、目標による管理の思想と手法であった。そのとき社長のスタッフの一人として目標による管理を研究し、その理論の構築、手法の開発、社内のPR・普及に奔走したのが沢井であった。著書も数冊出しており、社内では理論家としてとおっている。

 沢井のこういうキャリアに、藤村はやや威圧感を受けていた。
 しかし、紺のスーツに明るいスカイブルーのネクタイがきちっときまっていて、頭に白いものが目立つ沢井は、丸顔でいかにも暖かそうな人柄を漂わせている。笑うと眼尻にしわが寄って、ますます小林桂樹に似てくる。思っていたより気さくな感じに、藤村はホッとした。

 だが、この人事で、沢井には取締役への道がなくなったと考えざるをえない。社内の下馬評は藤村も当然耳にしていた。今、沢井は取締役への道がなくなって、子会社へ出向する。どんな気持ちでいるのか。同じサラリーマンとして藤村も関心のあるところであった。しかし眼の前の沢井から、失意の暗さは感じられない。