フリードリッヒ・フォン・ハイエクは、1976年に刊行された『貨幣の非国有化』(Denationalisation of Money)において、貨幣発行の自由化を主張した(注1)。この提案は、これまであまり顧みられることはなかったのだが、いま、2つの意味で注目される。

 第1は、仮想通貨との関係だ。仮想通貨が誕生して複数の通貨が競争するというのは、ハイエクの世界そのものだと解釈できるので、興味深い。ハイエクの貨幣自由化論は、「政府が管理しない通貨は、単に機能するだけでなく、望ましいものだ」と主張する際の理論的根拠になるだろう。

 第2は、現実世界での金融政策との関係だ。以下に述べるように、ハイエクは国家による貨幣発行権独占が経済変動や政府規模拡大の原因だとしている。リーマンショック以降の世界的な金融緩和を見ると、ハイエクの危惧は現実化しつつあると考えることができる。

 以下では、ハイエクの提案の概要を紹介するとともに、ビットコインとの関係について論じることとしよう。

(注1)『貨幣発行自由化論』、川口慎二訳、東洋経済新報社、1988年。なお、本書原文の90年版は、Ludwig von Mises Instituteがウェブに公開しているので、全文を読むことができる。以下、ページ数は90年版。

オーストリア学派の貨幣観

 現代の世界では、どの国も1つの通貨だけを持ち、法貨の発行は国と中央銀行が独占している。この制度が唯一のものと考えている人がほとんどだ。

 しかし、オーストリア学派の人々は、この制度のために経済変動が生じ、また政府の拡大がもたらされているとの認識を持っていた(注2)。「貨幣が市場原理で動かないので景気変動が起きる、そして金融政策が景気変動の原因になる」との見方だ。また、後で述べるように、部分準備制への批判も強い。

 ハイエクは、オーストリア学派の中でもとくに現在の貨幣制度に対して強い批判を持っていた。『貨幣の非国有化』は、政府が独占的な貨幣発行権を持つことへの批判だ。

 ハイエクの考えは、最近の世界経済を見る際にも重要な視点を与える。

 リーマンショック以降、各国が金融緩和競争に突入した。アメリカのQE(Quantitative Easing:量的緩和策)、ユーロ圏での南欧国債支援、日本の金融緩和。中国のリーマン対策としての金融緩和と不良債権の発生などだ。まさにハイエクが予見したような事態が生じている。しかし、それに対する批判がなく、むしろ一層の緩和を求める声が政治的には圧倒的だ。

 ハイエクが見る貨幣の歴史は、国家による品位低下の歴史だ(III. The Origin of the Government Prerogative of Making Money)。

 国家による貨幣鋳造権の独占は、紀元前6世紀のリディアのクロイソス王より以前だとされる。金貨の鋳造独占は、関税と並んで政府のもっとも重要な特権となり、誰も文句を挟まなかった。

 中世になって、「国が貨幣価値を決めてよい」ということになったが、これは何の根拠もない迷信にすぎなかったとハイエクは言う。そこで、国はシニョリッジ(通貨発行による利益)を求めて品位を落とした。