ダイヤモンド社では、2002年に初版が出た『フリーエージェント社会の到来』(ダニエル・ピンク著)新装版を8/29に刊行しました。組織から独立して、インターネットを駆使しつつプロジェクト型で働く「フリーエージェント」は、アメリカで同書が刊行された2001年当時、すでに全労働人口の4人に1人を占め、彼らの存在感は社会のあり方にも影響を及ぼし始めていました。日本でも、そこまでとはいかないまでも、同様の働き方が着実に広がりつつあります。本連載では、フリーとして働くためのヒントが詰まった同書から、そのエッセンスを紹介していきます。初回は、東京大学社会科学研究所教授の玄田有史さんによる序文から一部を抜粋してお届けします。

 組織か、個人か――。
 組織を重視すべきか、それとも個人を重視すべきか、という二者択一の発想が、いまだに日本社会を覆っている。

 ビジネスでも、スポーツでも、これまで日本の強みとは、すぐれた「組織の力」だといわれてきた。一人ひとりは傑出した才能を持っているわけでもなく、体格面で欧米に劣っていたとしても、一致結束した組織の団結力さえあれば、難局はきっと乗り越えられる。それが日本社会の信念であり、美学であった。

 だが、そんな組織頼みの考え方は、すでに限界を迎えているのかもしれない。インターネット・ビジネスの変革は、スティーヴ・ジョブスのような突出した才能の個人がいなければ起こらなかった。2014年にサッカー・ワールドカップで優勝したドイツも、善戦したチリやコロンビアも、最後にモノをいうのは、個人の意志と技と体力である。どんなにチームで良いサッカーをしても、最後にゴールを仕留めるのは、結局のところ、個人の力だ。

 一方、日本社会では突出した個人が生まれにくい、とも考えられてきた。生まれ出ようとしても、出る杭は打たれるがごとく、個性的な才能は得てして認められなかったり、ときには煙たがられ、つぶされてしまうことすらある。日本で個性は育たない。その結果「だから日本は駄目だ」ということになる。

 そうなると、今度は「個人の力」を伸ばしていかなければならないという意見が必ず強まっていく。会社内でも、組織にどれだけ貢献したかという曖昧な評価よりも、個人としての具体的な成果を評価すべきという考えに重きが置かれるようになる。1990年代以降、会社人事の主流となった、年功主義から成果主義という流れも、その変化と軌を一にする。

 しかし、個人を重視する傾向が強まれば強まるほど、今度は一人ひとりがバラバラになってしまい、チームとしてのまとまりが失われていくことが懸念されるようになる。個人としても、組織で取り組んできたときのような一体感が保てなくなり、仲間意識も消えていく。最後に待っているのは、孤立した状態に陥った個人ばかりが増える現実だ。そして今度もまた「やはり日本は駄目なんだ」となっていく。

 そろそろ、私たちは、組織か、個人か、という不毛な二分法から抜け出さなければならない。大事なのは、組織も、個人も、である。しかし、そこから抜け出すための新しい発想や向かうべき確かな方向性が見いだせないまま、日本社会は迷走を続けてきた。

 そんな二者択一を軽々と飛び越えてしまう存在。組織をうまく活用しつつ、同時に個人としての自由や成功を謳歌する。それがダニエル・ピンク著『フリーエージェント社会の到来』で示されるフリーエージェントの姿だ。