株主総会の季節である。

  業績の急落、事業再編、異例の社長交替――今と将来への対応について、株主は経営陣に対して問い質したいことが山ほどあるに違いない。その回答を吟味し、株主は議案に対して議決権を行使する。

 では、株主にはなぜ、議決権が与えられているのだろうか。

  それは、株主が「残り物をできるだけ大きくしようとする存在」だからである。会社法の用語を使えば、「残余権者(residual claimants)」の地位にあるからだ。企業価値は、企業に関わるステークホルダーのなかでも、債権者、従業員など株主以外の存在に優先的に配分される。そうして、最後に残された価値が株主のものとなる。
 
 となれば、株主には残余価値を最大限高めるというインセンテイブが働く。株主総会では、企業価値を高める議案には賛成し、企業価値を低める議案には反対する。つまり、株主に議決権を与えることによって、企業価値が高まることが期待されている。それが、株主に議決権が付与されている理由であり、会社法の根幹かつ大前提の考え方なのである。

 ところが、株主の多様化が進み、証券市場が発達すると、企業価値の増大には無関心、場合によっては企業価値を毀損させる行動に出る株主が登場した。例えば、ヘッジファンドである。ヘッジファンドが投資している会社に対して、ショート・ポジションを取っている場合は、株価が下落したほうが利益は上がる。彼らにとっては、企業価値の増大よりも、株価の変動のほうが重要なのである。

 例えば、A社がB社を買収するケースを想定しよう。

1.A社の企業価値は2000億円。発行済株式総数1億株。.
2.B社の企業価値は2000億円。株式発行済総数1億株。
3.従って、両社ともに一株あたり価値は2000円。
4.A社のB社合併で、600億円のシナジーが生じるとする。
5.A社はB社株式一株当たり現金2500円で買い取る。
6.合併が成功すると、シナジー600億円のうち500億円はB社株主に分配され、100億円がA社に残るので、A社株式は1株当たり2100円になると見られている。
7.しかし、株式市場は合併不成立のリスクを織り込み、B社株式は合併対価の2500円ではなく、2400円で取引されている。
8.合併が株主総会で否決された場合、両社は合併発表前の価値に戻るとすれば、ともに一株あたり2000円だ。B社株式に対して2400円でショート・ポジションを取り、本当に合併が否決されれば、B社株式1株あたり400円の利益が生じる。