自閉症は、果たして遺伝子のせいなのか? 遺伝子が関係しているというのなら、いつ、どのようにして、遺伝子は変わってしまうのか?
『双子の遺伝子』が日本でも発売された遺伝疫学の権威が、体重差が27キロある双子、一方だけが乳癌になった双子、ゲイとストレートの双子など、「同じ遺伝子を持ちながら、まったく違う双子」の数奇な運命を通して、長寿やガン治療にも関わる遺伝学の最前線「エピジェネティクス」に迫る連載第3回。自閉症、アスペルガー症候群を取り上げる今回、登場するのは……。

ケヴィンとショーンの場合
――一方だけがアスペルガーになった双子の兄弟

  マーガレットは双子の誕生を心待ちにしながら順調に月を数えていたが、臨月になって妊娠高血圧腎症(一般的な高血圧の合併症)になり、安静を余儀なくされた。1973年2月に、妊娠40週で一卵性双生児の男児を出産した。先に生まれた子をケヴィン、10分後に生まれた子をショーンと名付けた。ふたりとも健康そうに見えた。

 数日後、マーガレットの喜びは不安に代わった。ショーンの具合が悪く、乳を飲もうとしないのだ。激しいてんかんの発作も何度か起きた。医師たちにも理由はわからなかったが、落ち着くまで数週間入院させることを勧められた。6週間後、退院して家に戻ってきたショーンを見て、マーガレットと夫のパトリックは様子がおかしいことに気づいた。ケヴィンは静かで落ち着いているのに、ショーンは異常なほど激しく泣き続けるのだ。

 この双子は、見かけはそっくりでも、周囲への反応の仕方はまるで違っていた。2歳になる頃には、ショーンには障害があることが明らかになっていた。座ることも、物をつかむこともできなかったし、名前を呼ばれても反応しなかった。兄弟と遊ぼうともせず、おもちゃにも興味を示さなかった。唯一、水を入れたペットボトルだけは大好きで、何時間も飽きずに遊んでいた。特定の音楽やレコードに強い興味を持ち、しゃべれる単語は、お気に入りのレコードに関係のある「エルヴィス」だけだった。6歳で「学習障害」と診断され、養護学校に通った。18歳になってようやく、「自閉症」と診断された。

 両親は、最初の数年間、時間もエネルギーもショーンに奪われ、他のことを考える余裕はなかった。ショーンにはひどく悩ませられたため、正常で元気そうなケヴィンと兄のマークが一緒に遊んでいるのを見ると、救われるような気がした。

 しかし、後になって振りかえると、ケヴィンも問題がないわけではなかった。5、6歳を過ぎた頃から、「人と目を合わせようとしないし、道で会った人にあいさつするのも苦手で、何か聞かれても、そっけない返事をするだけでした」とマーガレットは語る。また、小さい頃から異常なほど几帳面で、日に何回も手を洗った。

 そうしたことは慌ただしい家の中では問題視されなかったが、学校では、ケヴィンは苦労した。スポーツをしようとせず、サッカーボールを蹴りつけられても逃げるだけだったので、しょっちゅういじめられた。いじめっ子に集中的に狙われたりもしたため、父親のパトリックがいじめっ子の両親に直談判にいったところ、その子はケヴィンより5つも年下で、背丈は半分ほどしかなかった。

 ケヴィンは教師やクラスメートの気持ちを理解することができず、たびたびトラブルを起こした。「ぼくは小さい頃から、テレビのSFドラマ『スペース1999』(イギリス版『スタートレック』)と、そのヒロインで変身できるエイリアン『マヤ』に夢中だった。録画して何回も見ているうちに、ビデオテープが擦り切れたほどだ。飛行機事故や災害のニュースも大好きだった。アバの曲は歌詞をぜんぶ覚えていたし、今でも覚えているよ」

 学校を卒業すると、テレビや家電製品を売る仕事に就き、数年後に自分の店を持った。順調にやっていたが、ある日ふたりの覆面強盗に押し入られ、ナイフを突きつけられた。それがトラウマになり、ケヴィンは店を閉めた。その後、数年間、うつ状態だったが、やがて新しい仕事を得て、経営者にどなられながらもそこそこうまくやっている。診断と治療に関して何人もの開業医と衝突した後、自閉症者を支援する団体に相談し、ついにケンブリッジ大学のサイモン・バロン=コーエン教授を紹介され、アスペルガー症候群と診断された。

 現在38歳になる彼は、この8年間、認知行動療法を受けながら、自分の問題にうまく対処してきた。彼は自閉症スペクトラム障害(ASD)の患者のための支援団体をスタッフォードシャーに設立し、その資金を調達するために自分の体験を本にして出版した。

「アスペルガー症候群と診断されたことが人生のターニングポイントだった。ぼくは前向きで、精神的に強い人間だ。表舞台に立つ自信はある。正直なところ、どきどきしているけれど、これをやらなければならないんだ」

 ショーンとケヴィンの話は、双子の物語として珍しいものではない。ふたりが育った1970年代、自閉症に関する一般の認識は低く、正しく診断されることは稀だった。彼らの事例は、遺伝子が自閉症の唯一の原因ではなく、遺伝的に同じでも、結果は大きく異なることを示している。弟は知的障害があり、生活のすべてを人に支えられているが、兄は高機能の自閉症スペクトラム障害で、自立して幸せな人生を送っている。

 出産時の外傷の違いがこうした脳の違いをもたらしたのかもしれないが、胎内にいた頃からすでにショーンに何かが起きて、脳が傷つき、てんかんの発作を起こしやすくなり、それが事態を悪化させた可能性のほうが高い。遺伝子のせいでふたりはそもそも自閉症になりやすかったのだろうが、発達の重要な段階で、何らかの環境要素が働きかけて、遺伝子の機能を変えたのだ。