台湾生まれの3人が、アメリカで創業、日本に本社を置いて、世界中でビジネスを展開するイノベーティブな企業として知られるトレンドマイクロ。同社の一風変わった企業文化とマネジメントの秘訣を創業者が明かした『世界で闘う仲間のつくり方』から得られる教訓を、著者のジェニー・チャンと、トレンドマイクロの共同創業者であるスティーブ・チャン、エバ・チェン、ならびに、推薦者の野中郁次郎一橋大学名誉教授が語った。

オープンシステムとしてのトレンドマイクロ

野中 ジェニー・チャンさんが書かれた『世界で闘う仲間のつくり方』、大変興味深く拝読いたしました。

 トップが二人三脚で経営を行う優れた企業はいくつもあります。例えば、本田宗一郎と藤沢武夫のホンダ、井深大と盛田昭夫のソニー、スティーブ・ジョブズとスティーブ・ウォズニアックのアップルです。最近の例ですと、ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンのグーグルもそうです。それに対して、トレンドマイクロでは、本の著者であるジェニーさん、その夫であるスティーブ・チャンさん、そしてジェニーさんの妹さんであるエバ・チェンさんの3人で経営を行っています。

 この本は、3人がいかに協力してトレンドマイクロをつくり上げてきたかを書いていますが、単なる事実の羅列ではなく、事実の関係性や背後にある事情も細大漏らさず、いきいきと描いており、思わず引き込まれて読んでしまいました。

世界で闘う仲間のつくり方【前編】<br />オープンシステムとしてのトレンドマイクロ野中郁次郎(のなか・いくじろう)[経営学者] 東京都生まれ。2002年に紫綬褒章受章。一橋大学名誉教授、早稲田大学特命教授、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院ゼロックス知識学ファカルティーフェロー。

ジェニー ありがとうございます。

野中 3人が共同で起業され、最初のCEOをスティーブさんが勤め、ジェニーさんが社長夫人として補佐し、その後をエバさんが継いでCEOになられた。ジェニーさんは現在、世界の企業の中でも珍しい、CCO(Chief Culture Officer、最高文化責任者)というユニークな役職に就いている。それに至るプロセスも本書で綴られているわけですが、3人の関係は弁証法でいう正・反・合の止揚の関係になっていると思います。老子の有名な言葉を思い出しました。

 道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。
 万物は陰を負い、陽を抱き、忠なる気は以て和を為す。

 一や二ではなく、三になったときに、すべての物事が生まれ、シナジーが生まれるのです。トレンドマイクロも3人の共同があってこそ、大きくなっていると言えるでしょう。

 熱力学の第二法則で言われているように、あらゆるクローズド(閉じた)システムはエントロピーが増大して結局、乱雑な状態に陥り、そこからは総合や創造が生じ得ないのです。一方、オープン(開いた)システムの場合、システムの外と情報や知識、知恵をやり取りできますので、エントロピーの増大に対応することができます。

 ただし、オープンであるために重要なのは人が常に変化し続けることです。思考が固まり、あるいはメンバーが固定してしまうと、オープンではなくなり、エントロピーが増大してしまうからです。

 その点、トレンドマイクロは違います。初代CEOのスティーブさんが社会起業家というもう一つの道に進むために、CEOをエバさんに譲った。そして、ジェニーさんも第一線から退いた。日本では地位に恋々とする経営者が多い中、実に珍しいことです。

 本書にエバさんがCEOになられた後、こういう記述があります。
「私(編注:ジェニー)とスティーブは計画的に身を退いていった。スティーブは会長(チェアマン)の役割を見事に演じ、会社内部の各種会議や戦略決定には参加せず、eメールにさえ返信しなくなった」。

 スティーブさんは、現在は実際に社会起業家として第二の人生を送られていますが、それはトレンドマイクロとのつながりを断つということにはならないはずです。なぜなら、われわれは社会というエコシステムの中で生きているからです。トレンドマイクロは、スティーブさんの転進によって新たな世界との接点をもつことができる。

 エバさんの決断によって、さまざまな文化との出会いが増える。スティーブさんもジェニーさんも、オープンシステムとしてのトレンドマイクロの境界線を広げる役割を果たしているのだと思います。