前号で、アメリカのビジネススクール(MBA)への入学志望者が最近目立って増加していると述べた。

 注目すべきは、これが最近の現象であることだ。これまでの傾向は、むしろ逆だったのである。

 1990年代の末、MBA入学者は顕著に減少した。これは、ITの起業ブームが起きたためである。「いますぐに起業しなければ遅くなる。大学院でのんびり2年間も勉強していては、その間に世界が変わってしまう」と多くの若者が考えたのだ。

 99年には、著名なビジネススクールの入学者が11%も低下した。在学者のなかにも、途中でやめて起業する人が増えた。彼らは、76年にビル・ゲイツがハーバード大学を途中退学して大成功したことを思い浮かべていたに違いない。98年までは、入学者が毎年増加してMBAブームになっていたにもかかわらず、それが逆転して、こうした現象が起きたのである。

 2004年頃にも、ビジネススクールへの入学志望者が減少した。これは、金融ビジネスのブームが起きたためだ。「MBAコースで地道な勉強をするよりは、ウォールストリートで実際に先端金融業務を行なうほうがずっと有利」と考えられたからだ。

 こうした傾向が、08年に一変したのである。若い有能な人々が、金融危機に襲われたウォールストリートを離れて、ビジネススクールに戻ってきた。

 『ビジネスウィーク』誌のオンライン版には、MBA関係記事のリンク集があって、大変参考になる。ここにある多くの記事が、最近時点でのMBA志願者の増加を伝えている。その理由として、前回紹介した「ニューヨーク・タイムズ」の記事と同じように、「経済が不況になったため、仕事を離れるコストが低下したこと」(大学院で学ぶための機会費用が低下したこと)を指摘している。

 MBAの人気復活は、アメリカだけの特殊事情ではなく、世界的な傾向だ。イギリスでも同じである。また、シンガポールや香港でも同様の傾向が見られるとの報道もある。

 日本では、「MBA教育がウォールストリートの強欲資本主義を助長し、金融危機の原因を作った。したがって、MBAに対する反省が行なわれている」という報道や意見があった。しかし、現実の世界は、逆方向に進んでいるのである。

「シグナル」としての
教育の機能

 MBAが人気を復活させた理由としては、「機会費用の低下」のほかに、いくつかのものがある。

 前述した『ビジネスウィーク』のMBA記事リンク集にあるブルームバーグの記事は、「全般的な就職率が低くなると、MBA保有者が有利になる」という点を指摘している。同じことが、別のリンク先の記事でも指摘されている。